自警録 / 第二十二章 感情より出た職業選択・一時の感情か否かを判断する道(2)
しかし先輩がいかに思慮あるとも、いかに判断力を備うるとも、青年がある事に熱するゆえんを容易に判断しうるものでない。たとえば政治家たらんと熱する者ありとせよ、なにゆえに政治家たらんと熱するかと聞かば、必ずや天下人心の腐敗とか、政党宜しきを得ぬとか、ひととおり何人も首肯するような理由を述ぶるであろう。しかるにこういう漠然としたことでは、なかなか熱心ということは起こりがたい。ゆえにさらに深く立ち入りてその理由を質せば彼の熱心せる理由は必ずしも政治に関係するものでないようなことが出てくる。 某が自分の村に政談演説したとき熱烈なる拍手喝采を得た。それが彼の心を動かしたという場合には、彼の熱心は政治のためにあらずして拍手喝采のためである。拍手は政治にあらず。また実業家を志望する人に聞けば日本は貧乏であるときまりきった議論を述ぶる。しからば今日急にそのことを思いつき、その方面に猛進せんとする志はなにより起こりしかと質せば、これまた実業になんの関係もなきことが導火線となれることがある。 たとえば某令嬢を慕いたるも実業家ならねば嫁せしめぬというを聞き、実業を志望したというがごとき滑稽的動機すらも現にわが輩の耳にしたところである。かくのごときはおそらくは自分も知らずに行えるので、滑稽な動機に動けることに気づかずにいるのであろう。
書き下し
しかし先輩がいかに思慮あるとも、いかに判断力を備うるとも、青年がある事に熱するゆえんを容易に判断しうるものでない。たとえば政治家たらんと熱する者ありとせよ、なにゆえに政治家たらんと熱するかと聞かば、必ずや天下人心の腐敗とか、政党宜しきを得ぬとか、ひととおり何人も首肯するような理由を述ぶるであろう。しかるにこういう漠然としたことでは、なかなか熱心ということは起こりがたい。ゆえにさらに深く立ち入りてその理由を質せば彼の熱心せる理由は必ずしも政治に関係するものでないようなことが出てくる。 某が自分の村に政談演説したとき熱烈なる拍手喝采を得た。それが彼の心を動かしたという場合には、彼の熱心は政治のためにあらずして拍手喝采のためである。拍手は政治にあらず。また実業家を志望する人に聞けば日本は貧乏であるときまりきった議論を述ぶる。しからば今日急にそのことを思いつき、その方面に猛進せんとする志はなにより起こりしかと質せば、これまた実業になんの関係もなきことが導火線となれることがある。 たとえば某令嬢を慕いたるも実業家ならねば嫁せしめぬというを聞き、実業を志望したというがごとき滑稽的動機すらも現にわが輩の耳にしたところである。かくのごときはおそらくは自分も知らずに行えるので、滑稽な動機に動けることに気づかずにいるのであろう。
現代語訳
しかし、先輩がどれほど思慮深くても、どれほど判断力を備えていても、青年がある事に熱する理由を、簡単に判断できるものではありません。たとえば、政治家になろうと熱する者がいるとします。なぜ政治家になろうと熱するのかと聞けば、きっと、天下の人心の腐敗とか、政党がよろしくないとか、ひととおり誰もがうなずくような理由を述べるでしょう。しかし、こういう漠然としたことでは、なかなか熱心は起こりにくいものです。そこで、さらに深く立ち入ってその理由を尋ねれば、彼が熱心になった理由は、必ずしも政治に関係するものではないようなことが出てきます。 ある人が自分の村で政談演説をしたとき、熱烈な拍手喝采を得た。それが彼の心を動かしたという場合には、彼の熱心は政治のためではなく、拍手喝采のためです。拍手は政治ではありません。また、実業家を志望する人に聞くと、日本は貧乏だというお決まりの議論を述べます。それならば、今日急にそのことを思いつき、その方面に猛進しようとする志は、何から起こったのかと尋ねると、これもまた実業とは何の関係もないことが導火線になっていることがあります。 たとえば、ある令嬢を慕ったが、実業家でなければ嫁にやらないと聞いて、実業を志望したというような滑稽な動機さえ、現に私が耳にしたところです。こういうのは、おそらく自分でも知らずに行っているのでしょう。滑稽な動機で動いていることに気づかずにいるのでしょう。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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