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玉勝間 / 三の巻 みちのくには五月五日にかつみをふくと云ふ事

宗久法師が、都のつとと云ふ物に云はく、みちの國淺香の沼を過ぐ云云。此國にもあやめの有るにやと、年月ふしんにおぼえしかば、この度人に尋ねしに、當國にあやめの無きにはあらず、されどもかの中將の君くだり給ひし時、なにのあやめも知らぬしづが軒端には、いかで都の同じあやめを葺くべきとて、かつみを葺かせられけるより、これを葺き傳へたるなりと、かたり侍りし云云、と云へり。國人の語りし說、受けられず。

新字:宗久法師が、都のつとと云ふ物に云はく、みちの国浅香の沼を過ぐ云云。此国にもあやめの有るにやと、年月ふしんにおぼえしかば、この度人に尋ねしに、当国にあやめの無きにはあらず、されどもかの中将の君くだり給ひし時、なにのあやめも知らぬしづが軒端には、いかで都の同じあやめを葺くべきとて、かつみを葺かせられけるより、これを葺き伝へたるなりと、かたり侍りし云云、と云へり。国人の語りし説、受けられず。

書き下し

宗久法師が、都のつとと云う物に云わく、みちの国浅香の沼を過ぐ云云。此国にもあやめの有るにやと、年月ふしんにおぼえしかば、この度人に尋ねしに、当国にあやめの無きにはあらず、されどもかの中将の君くだり給いし時、なにのあやめも知らぬしずが軒端には、いかで都の同じあやめを葺くべきとて、かつみを葺かせられけるより、これを葺き伝えたるなりと、かたり侍りし云云、と云えり。国人の語りし説、受けられず。

現代語訳

宗久法師が『都のつと』というものに言うには、「陸奥国の浅香の沼を過ぎた云々。この国にも菖蒲(あやめ)があるのかと、長年不審に思っていたので、この度人に尋ねたところ、『この国に菖蒲が無いわけではない。けれどもあの中将の君(藤原実方)が下って来られた時、何の分別も知らない卑しい者の軒端に、どうして都と同じ菖蒲を葺けようかと言って、かつみを葺かせられたことから、これを葺き伝えたのである』と語りました云々」と言っている。国の人が語ったこの説は受け入れられない。

解説

五月五日の端午の節句には軒に菖蒲を葺いて邪気を払う習わしがあるが、陸奥では菖蒲の代わりに「かつみ」(水辺の草、マコモの類とされる)を葺いていた。南北朝期の僧宗久の紀行『都のつと』は、その由来を、陸奥に左遷された歌人藤原実方が命じたからだという土地の話として伝えている。宣長はこの説を「受けられず」とひとことで退ける。前のにゅうない雀の段でも、入内雀の名を実方の故事に結び付ける説をこじつけとしていた。赤人屋敷の伝えと同じく、名高い人が引き寄せられて後から物語が作られることを、宣長はよく知っていた。習わしの由来を名士の逸話で説明する話には、まず疑ってかかる。その冷静さがこの一行に込められている。

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