玉勝間 / 三の巻 植村禹言と云ひし人
奈良のあたり、疋田村と云ふ所に、植村禹言と云ふ人ありて、廣大和名勝志と云ふふみ、三十册をあらはせりとぞ。此人すべて、國國所所の事を考ふる事を好みて、記せる物これかれ多かる中に、大和の國內の、ふるき所所の事は、殊にくはしく、考へたりとぞ。天明二年壬寅二月廿七日に、みまかりぬと傳に聞り。ここに川原もとぶらひ來て、一度逢しこと有き。まことに古き名どころの事どもは、くはしく考へ得たりげに語りき。
新字:奈良のあたり、疋田村と云ふ所に、植村禹言と云ふ人ありて、広大和名勝志と云ふふみ、三十册をあらはせりとぞ。此人すべて、国国所所の事を考ふる事を好みて、記せる物これかれ多かる中に、大和の国内の、ふるき所所の事は、殊にくはしく、考へたりとぞ。天明二年壬寅二月廿七日に、みまかりぬと伝に聞り。ここに川原もとぶらひ来て、一度逢しこと有き。まことに古き名どころの事どもは、くはしく考へ得たりげに語りき。
書き下し
奈良のあたり、疋田村と云う所に、植村禹言と云う人ありて、広大和名勝志と云うふみ、三十冊をあらわせりとぞ。此人すべて、国国所所の事を考うる事を好みて、記せる物これかれ多かる中に、大和の国内の、ふるき所所の事は、殊にくわしく、考えたりとぞ。天明二年壬寅二月廿七日に、みまかりぬと伝に聞けり。ここに川原もとぶらい来て、一度逢いしこと有りき。まことに古き名どころの事どもは、くわしく考え得たりげに語りき。
現代語訳
奈良のあたりの疋田村という所に植村禹言という人がいて、『広大和名勝志』という書物三十冊を著したという。この人はおよそ諸国のあちこちのことを考えるのを好んで、記したものがあれこれ多い中でも、大和国内の古い場所のことは、ことに詳しく考えたという。天明二年壬寅二月二十七日に亡くなったと人づてに聞いた。ここ(松坂)へも訪ねて来て、一度会ったことがあった。まことに古い名所のことどもは、詳しく考え得ているように語っていた。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十の巻 もろもろの物の事をよくしるしたる書あらまほしき事近き頃、その近き国の人に逢えりしに、この事かたりて、問いけるに、確かには知らぬさまにて、かのおのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞きしよし云いたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有りける。
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『玉勝間』十の巻 古へより伝はれる事の絶るをかなしむ事世の中に、古えの事の、いたく衰えたる、またひたぶるに絶えぬるなども多かるを、かかるめでたき御代にあたりて、何事も起したてまほしき中に、絶えたるも、跡をたずねて、またはじめむに、始めつべきは、遅くも疾くも、直毘の神の頼みの、なおのこれるを、一たび絶えては、またつぐべきよし無く、また始むべき便り無き事どもこそ、殊に云うかいなく、口惜しきわざには有りけれ。古き氏々など、神代のゆえよし重きなどは、更にも云わず、さらぬも、早く末の絶え果てぬるが多き、今は如何に思いても、二たびつぎ起すべきよし無くなん。これらを思うに、万の古き事は、わずかにも残りて、絶えざるをだに、おとしあぶさず、よくとりしたためて、今より後、絶ゆまじきさまに、如何にも如何にも、強くかたく成し置かまほしきわざぞかし。
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『玉勝間』八の巻 ゐなかに古、のわざの残れる事詞のみにも有らず、万づのしわざにも、片田舎には、古えざまの、みやびたる事の、残れるたぐい多し。さるを例のなまさかしき心ある者立まじりては、かえりておこがましく覚えて、改むるから、いずこにも、ようように古き事の失せ行くは、いと口惜きわざなり。葬礼婚礼など、殊に田舎には、古く面白き事多し。すべてかかるたぐいの事共をも、国々のようを、海づら山がくれの里々まで、あまねく尋ね、聞あつめて、物にもしるし置かまほしきわざなり。葬祭などのわざ、後の世の物知り人の、考え定めたるは、中々にから心のさかしらのみ、多くまじりて、ふさわしからず、うるさしかし。
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『玉勝間』九の巻 紀の国の名どころども上の件磯間の浦よりこなたは、皆むろの郡なり。そもそもこの紀の国は、古き名どころども多くして、万葉集にも、殊に多く見えたるを、世の人は、いずれの郡にありとだに、え知らぬ所々の多かるを、この国にては、かくれ無くて、皆人よく知れるなど、又さらぬも、書どもには、皆記るしたるが、見過しがたくて、その大かたを写し置きつる中に、確かならぬさまに聞こゆるをば、皆漏らして、さも有りぬべく覚ゆるかぎりを、それかれとえりいでて、記るせる程に、この巻は、すずろに紀の国の名所集のようにぞ成りぬる。なお式にのれる神社どもの御事をも、ことごとく記るしたるも有るを、そは又別にも記るしてむと思えば、ここにはみな漏らしつ。
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『玉勝間』二の巻 おのれあがたゐの大人の〓〓を受けしやう宣長、縣居の大人に逢い奉りしは、この里に一夜やどり給えりしおり、一度のみなりき。その後はただ、しばしば書かよわしきこえてぞ、物は問いあきらめたりける。そのたびたび給えりし御答えのふみども、いと多くつもりにたりしを、ひとつも散らさで、いつきもたりけるを、せちに人の乞いもとむるままに、ひとつふたつと取らせけるほどに、今は残りすくなくなん成りぬる。さて古事記の注釈を物せんの心ざし深き事を申せしによりて、その上つ巻をば、考え給える古言をもて、仮字がきにし給えるをも、貸し給い、また中つ巻下つ巻は、かたわらの訓を改め、所所書き入れなどをも、てずからし給える本をも、かし給えりき。古事記伝に、師の説とて引きたるは、多くその本にある事どもなり。そもそもこの大人、古学の道をひらき給える御いさおは、申すもさらなるを、かのさとし言にのたまえる如く、世のかぎりもはら万葉に力を尽くされしほどに、古事記、書紀にいたりては、そのかむかえ、いまだあまねく深くはゆきわたらず、くわしからぬ事どもも多し。
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『玉勝間』六の巻 古き名どころを尋ぬる事木だちなど、二三百年をも経ぬるは、いといと物ふりて見ゆるものなれば、古く見ゆるにつきても、たやすくは定めがたきわざなりかし。村の名、山川浦磯などの名に、心をつけて尋ぬべし。田どころなどのあざなと云う物などをも、よく尋ぬべし。寺の名に、古きが残れるがよく有ることなり。しかは有れどもまた、すべて名によりて、誤る事も有るわざなり。また寺々の縁起と云う物、おおかた例の法師の空ごと勝ちなれど、その中に、まれまれには取るべき事もまじれるものなれば、これはたひたぶるには捨つべきに有らず。古きあとは、中頃法師どもの、国人をあざむきて、仏どころにしなしたるが、いずれの国にも多ければ、ほとけ所をも、その心して尋ぬべし。古き寺には、古き書き物など有りて、古き事の残れる多し。むげに尋ぬべきたずき無き所も、思いかけぬところより、たしかなるしるしの出で来るようも有れば、いたらぬ限り無く、よろずに思いめぐらして、委しく尋ぬべし。かくて尋ね得たりと思うところも、なおたしかには定むべからず。世にさるべき人の定めおきつる所などは、ひがさだめなるも、ついにそこに定まりて、後のまどいとなるわざなりかし。そもそもこのくだりは、名所を尋ぬるわざのみにも有らず、万ずの考えにもわたる事どもありぬべくなむ。
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