玉勝間 / 十の巻 もろもろの物の事をよくしるしたる書あらまほしき事
近き頃、その近き國の人に逢へりしに、この事かたりて、問ひけるに、確かには知らぬさまにて、彼のをのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞しよし云ひたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有ける。
新字:近き頃、その近き国の人に逢へりしに、この事かたりて、問ひけるに、確かには知らぬさまにて、彼のをのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞しよし云ひたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有ける。
書き下し
近き頃、その近き国の人に逢えりしに、この事かたりて、問いけるに、確かには知らぬさまにて、かのおのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞きしよし云いたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有りける。
現代語訳
近頃、その近くの国の人に会ったとき、このことを話して尋ねてみたところ、確かには知らない様子で、「あの男は亡くなったとか、かすかに聞きました」と言っていた。それが本当ならば、たいへん惜しく残念なことである。
解説
伊藤多羅の話の結びである。越前に近い国の人に消息を尋ねると、確かではないが亡くなったと聞いたという。宣長は「それまことならば、いとあたらしく口惜しき」とだけ記す。「あたらし」は惜しいの意で、若者が志を果たさず世を去ったかもしれない無念がこもる。前の二段で、日本の物を古典と実物で考え合わせた書が欲しいと願い、自分は老いて果たせないから後の人にと言った、その後の人の一人がこの若者だった。晩年の宣長は、後を託す言葉を玉勝間の随所に残している。ここで書き留めたのは、一人の若者の死の噂であると同時に、失われたかもしれない一つの学問の芽でもある。志半ばで終わった人の仕事を記録にとどめておくことも、学びをつなぐ営みの一部である。
関連する章句
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『玉勝間』十の巻 もろもろの物の事をよくしるしたる書あらまほしき事おのれ早くより、せちにこの心ざし有れど、たやすからぬ業にて、物のかたてには、えしも物せず。今は残りのよわいも、いと少なき心地すれば、思いたえにたれば、今より後の人をだにと、いざない置くになん。この六七年ばかりさきに、越前国の府中の人とて、伊藤東四郎多羅と云える、まだ若きおのこなりけるが、とぶらい来て、語りけるは、多羅が父は、いわゆる物産の学びを好みて、ものしけるままに、多羅も、わらわなりし程より、そのすじに心寄せけるを、もろこしさまの事は、誰も誰も物するわざにて、人のふみはた世にともしからぬを、皇国のこのすじの事、善くしるしたるは、いまだ見え聞えざなれば、多羅は、今より皇国のこの学びを、物してんと心ざして、かつがつ考えたる事どもも有るなりとて、一巻二巻書き集めたるをも、とうでて見せけるを、はしばしいささか見たりしに、おのが思うにかなえるさまにて、考えも、よろしく見えしかば、これ如何で怠らずつとめて、し果ててよと、ねんごろに、かえすがえす勧め遣りしを、さて後いかに成りぬらむ、音も無し。
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『玉勝間』十の巻 古へより伝はれる事の絶るをかなしむ事世の中に、古えの事の、いたく衰えたる、またひたぶるに絶えぬるなども多かるを、かかるめでたき御代にあたりて、何事も起したてまほしき中に、絶えたるも、跡をたずねて、またはじめむに、始めつべきは、遅くも疾くも、直毘の神の頼みの、なおのこれるを、一たび絶えては、またつぐべきよし無く、また始むべき便り無き事どもこそ、殊に云うかいなく、口惜しきわざには有りけれ。古き氏々など、神代のゆえよし重きなどは、更にも云わず、さらぬも、早く末の絶え果てぬるが多き、今は如何に思いても、二たびつぎ起すべきよし無くなん。これらを思うに、万の古き事は、わずかにも残りて、絶えざるをだに、おとしあぶさず、よくとりしたためて、今より後、絶ゆまじきさまに、如何にも如何にも、強くかたく成し置かまほしきわざぞかし。
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『玉勝間』十の巻 物をときさとす事すべて物の色形、また事のこころを、云いさとすに、いかに委しく云いても、なおさだかにさとり難きこと、常に有るわざなり。そはその同じたぐいの物をあげて、その色に同じきぞ、某のかたちの如くなるぞと云い、ことの意をさとすには、その例を一つ二つ引き出づれば、言多からで、よくわかるるものなり。
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『玉勝間』三の巻 植村禹言と云ひし人奈良のあたり、疋田村と云う所に、植村禹言と云う人ありて、広大和名勝志と云うふみ、三十冊をあらわせりとぞ。此人すべて、国国所所の事を考うる事を好みて、記せる物これかれ多かる中に、大和の国内の、ふるき所所の事は、殊にくわしく、考えたりとぞ。天明二年壬寅二月廿七日に、みまかりぬと伝に聞けり。ここに川原もとぶらい来て、一度逢いしこと有りき。まことに古き名どころの事どもは、くわしく考え得たりげに語りき。
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『玉勝間』十の巻 物まなびの心ばへ皇国の学びとて、ことにする事は無くて、昔は、ただから学びをのみしける程に、世々をふるままに、古えの事は、ようようにうとくのみ成りゆき、から国の事は、ようように親しくなりもて来つつ、ついにその心は、もはらからざまにうつり果てて、上つ代の事は、物の意はさらにも云わず、言葉だに、聞きしらぬ異国のさえずりを聞くがごと、物うとくぞなりにける。かくて後にいたりて、皇国の学を、もはらとする事も始まりつれども、しか漢意の、久しくしみ附きたる人心にし有れば、ただ名のみこそ、みくにの学びには有りけれ、云いと云い、思いと思う事は、なおみなからにぞ有りけるを、みずからも、さは覚えざるなめり。されば近き世、学びの道ひらけて、万づさかしくなりぬるにつけても、なかなかにそのからごころのみ、深く盛りには成りて、古の意は、いよいよ遥かになむなりにけるを、この近き頃になりてぞ、そこに心つきぬる人の出で来そめて、世は皆からなる事をさとりて、人も我も、古えの心をたずぬる道の、明り初めぬる、しかすがに神直毘大直毘の神のましましける世は、なお行くさきいと頼もしくなむ。
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『玉勝間』八の巻 ゐなかに古、のわざの残れる事詞のみにも有らず、万づのしわざにも、片田舎には、古えざまの、みやびたる事の、残れるたぐい多し。さるを例のなまさかしき心ある者立まじりては、かえりておこがましく覚えて、改むるから、いずこにも、ようように古き事の失せ行くは、いと口惜きわざなり。葬礼婚礼など、殊に田舎には、古く面白き事多し。すべてかかるたぐいの事共をも、国々のようを、海づら山がくれの里々まで、あまねく尋ね、聞あつめて、物にもしるし置かまほしきわざなり。葬祭などのわざ、後の世の物知り人の、考え定めたるは、中々にから心のさかしらのみ、多くまじりて、ふさわしからず、うるさしかし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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