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玉勝間 / 十の巻 もろもろの物の事をよくしるしたる書あらまほしき事

近き頃、その近き國の人に逢へりしに、この事かたりて、問ひけるに、確かには知らぬさまにて、彼のをのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞しよし云ひたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有ける。

新字:近き頃、その近き国の人に逢へりしに、この事かたりて、問ひけるに、確かには知らぬさまにて、彼のをのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞しよし云ひたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有ける。

書き下し

近き頃、その近き国の人に逢えりしに、この事かたりて、問いけるに、確かには知らぬさまにて、かのおのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞きしよし云いたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有りける。

現代語訳

近頃、その近くの国の人に会ったとき、このことを話して尋ねてみたところ、確かには知らない様子で、「あの男は亡くなったとか、かすかに聞きました」と言っていた。それが本当ならば、たいへん惜しく残念なことである。

解説

伊藤多羅の話の結びである。越前に近い国の人に消息を尋ねると、確かではないが亡くなったと聞いたという。宣長は「それまことならば、いとあたらしく口惜しき」とだけ記す。「あたらし」は惜しいの意で、若者が志を果たさず世を去ったかもしれない無念がこもる。前の二段で、日本の物を古典と実物で考え合わせた書が欲しいと願い、自分は老いて果たせないから後の人にと言った、その後の人の一人がこの若者だった。晩年の宣長は、後を託す言葉を玉勝間の随所に残している。ここで書き留めたのは、一人の若者の死の噂であると同時に、失われたかもしれない一つの学問の芽でもある。志半ばで終わった人の仕事を記録にとどめておくことも、学びをつなぐ営みの一部である。

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