玉勝間 / 三の巻 こたつと云ふ物のうた
しはすばかり、これかれ集まりて、埋火を題にて、歌よみける日、今の世のこたつと云ふ物を詠めと、人の云ひければ、むしぶすまなごやが下の埋み火に足さしのべてぬらくしよしも。と詠めりければ、皆人笑ひて止みぬ。
書き下し
しわすばかり、これかれ集まりて、埋火を題にて、歌よみける日、今の世のこたつと云う物を詠めと、人の云いければ、むしぶすまなごやが下の埋み火に足さしのべてぬらくしよしも。と詠めりければ、皆人笑いて止みぬ。
現代語訳
十二月ごろ、あの人この人が集まって「埋火(うずみび)」を題にして歌を詠んだ日、今の世の「こたつ」というものを詠めと人が言ったので、「むしぶすま(柔らかな夜具)の、なごや(柔らかな寝具)の下の埋み火に、足を差し伸べて寝るのはなんと心地よいことか」と詠んだところ、皆が笑ってそれで終わった。
解説
歌会でのちょっとした笑い話である。「こたつを詠め」という無茶な注文に、宣長は万葉風の古めかしい言葉で応じた。「むしぶすま」「なごや」は古事記や万葉集に出てくる、柔らかな夜具を表す古語で、「寝らくし良しも」も万葉の語法である。つまり、古代の恋の歌に出てくる荘重な言葉を、庶民の暖房具であるこたつに当てはめたわけで、その落差に一座が笑ったのである。宣長は古語をいつでも自在に操れたことがうかがえるとともに、古学の人が決して堅苦しいばかりではなく、古語で遊ぶ余裕を持っていたことが分かる。学んだ言葉を日常の場で使いこなしてみせることは、言葉を本当に身に付けた者にしかできない芸である。
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