玉勝間 / 二の巻 ふみども今は得やすくなれる事
二三十年あなたまでは、歌まなびする人も、ただ近き世の歌ふみをのみ學びて、萬葉をまなぶ事無く、又神學者と云ふ物も、唯だ漢ざまの理をのみさだして、古、のまことのこころを得むことを思はねば、萬葉をまなぶ事無くて、すべて萬葉は、歌まなびにも、道の學びにも、必ずまづまなばでかなはぬ書なる事を、知れる人無かりき。されば、契沖ほうし、むねと此集を明らめて、古、の意をもかつがつうかがひそめて、はしばし云ひおきつれども、歌人も神學者も、此しるべによるべき事を知れる人無かりしかば、おのが若くて、京に在りし頃などまでは、代匠記と云ふ物の有る事をだに知れる人も、をさをさ無かりければ、其書世にまれにして、いといと得がたく、かの人の書は、百人一首の改觀抄だに、得がたかりしを、そのかみおのれ京にて、始めて人に借りて見て、買はばやと思ひて、本屋をたづねたりしに、無かりき。板本なるにいかなれば無きぞと問ひしかば、えうずる人無き故に、すり出さずとぞ云へりける。さてとかくして、からくしてぞ得たりける。
新字:二三十年あなたまでは、歌まなびする人も、ただ近き世の歌ふみをのみ学びて、万葉をまなぶ事無く、又神学者と云ふ物も、唯だ漢ざまの理をのみさだして、古、のまことのこころを得むことを思はねば、万葉をまなぶ事無くて、すべて万葉は、歌まなびにも、道の学びにも、必ずまづまなばでかなはぬ書なる事を、知れる人無かりき。されば、契沖ほうし、むねと此集を明らめて、古、の意をもかつがつうかがひそめて、はしばし云ひおきつれども、歌人も神学者も、此しるべによるべき事を知れる人無かりしかば、おのが若くて、京に在りし頃などまでは、代匠記と云ふ物の有る事をだに知れる人も、をさをさ無かりければ、其書世にまれにして、いといと得がたく、かの人の書は、百人一首の改観抄だに、得がたかりしを、そのかみおのれ京にて、始めて人に借りて見て、買はばやと思ひて、本屋をたづねたりしに、無かりき。板本なるにいかなれば無きぞと問ひしかば、えうずる人無き故に、すり出さずとぞ云へりける。さてとかくして、からくしてぞ得たりける。
書き下し
二三十年あなたまでは、歌まなびする人も、ただ近き世の歌ぶみをのみ学びて、万葉をまなぶ事無く、また神学者と云う物も、ただ漢ざまの理をのみさだして、古のまことのこころを得むことを思わねば、万葉をまなぶ事無くて、すべて万葉は、歌まなびにも、道の学びにも、必ずまずまなばでかなわぬ書なる事を、知れる人無かりき。されば、契沖ほうし、むねとこの集を明らめて、古の意をもかつがつうかがいそめて、はしばし云いおきつれども、歌人も神学者も、このしるべによるべき事を知れる人無かりしかば、おのが若くて、京に在りし頃などまでは、代匠記と云う物の有る事をだに知れる人も、おさおさ無かりければ、その書世にまれにして、いといと得がたく、かの人の書は、百人一首の改観抄だに、得がたかりしを、そのかみおのれ京にて、始めて人に借りて見て、買わばやと思いて、本屋をたずねたりしに、無かりき。板本なるにいかなれば無きぞと問いしかば、ようずる人無き故に、すり出ださずとぞ云えりける。さてとかくして、からくしてぞ得たりける。
現代語訳
二、三十年前までは、歌を学ぶ人も、ただ近ごろの歌書ばかりを学んで万葉集を学ぶことがなく、また神学者という者も、ただ漢風の理屈ばかりをあれこれ論じて、古の本当の心を得ようとは思わないので万葉集を学ぶことがなく、およそ万葉集は、歌の学びにも道の学びにも、必ずまず学ばなければならない書であることを知っている人はいなかった。だから契沖法師が主としてこの集を明らかにし、古の心をもようやくうかがいはじめて、ところどころに言い置いたけれども、歌人も神学者も、この手引きによるべきことを知っている人がいなかったので、私が若くて京にいたころなどまでは、『万葉代匠記』というものがあることさえ知っている人もほとんどいなかった。それでその書は世にまれで、たいへん手に入れにくく、あの人の書は『百人一首改観抄』でさえ手に入れにくかった。そのころ私は京で初めて人に借りて見て、買いたいと思って本屋を訪ねたが、なかった。板本なのにどうしてないのかと尋ねると、求める人がいないので刷り出さないのだと言った。そうしてあれこれして、やっとのことで手に入れたのである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』二の巻 おのが物まなびの有しやうさて京に在りしほどに、百人一首の改観抄を、人に借りて見て、はじめて契沖と云いし人の説を知り、その世にすぐれたる程をも知りて、この人のあらわしたる物、余材抄、勢語臆断などを初め、その外もつぎつぎに、もとめ出でて見けるほどに、すべて歌まなびの筋の、善き悪しきけじめをも、ようようにわきまえさとりつ。さるままに、今の世の歌よみの思えるむねは、大かた心にかなわず、その歌のさまも、おかしからず覚えけれど、そのかみ同じ心なる友は無かりければ、ただ世の人なみに、ここかしこの会などにも出でまじらいつつ、詠みありきけり。さて人の詠むふりは、おのが心には、かなわざりけれども、おのがたてて詠むふりは、今の世のふりにもそむかねば、人はとがめずぞ有りける。そはさるべき理りあり、別に云いてん。さて後、国にかえりたりしころ、江戸よりのぼれりし人の、近きころ出でたりとて冠辞考と云う物を見せたるにぞ、縣居の大人の御名をも、始めて知りける。
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『玉勝間』二の巻 おのが物まなびの有しやうかくてそのふみ、はじめに一わたり見しには、さらに思いもかけぬ事のみにして、あまり事とおく、あやしきように覚えて、さらに信ずる心はあらざりしかど、猶あるよう有るべしと思いて、立ちかえり今一たび見れば、まれまれには、げにさもやと覚ゆるふしぶしも出で来ければ、また立ちかえり見るに、いよいよげにとおぼゆる事多くなりて、見るたびに信ずる心の出で来つつ、つひに古ぶりのこころことばの、まことに然る事をさとりぬ。かくて後に思いくらぶれば、かの契沖が万葉の説は、猶いまだしき事のみぞ多かりける。おのが歌まなびの有りしよう、大かた斯くの如くなりき。
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『玉勝間』一の巻 あがたゐのうしは古、学のおやなる事からごころをきよくはなれて、もはら古のこころ詞をたづぬるがくもんは、わが県居の大人よりぞはじまりける。この大人の学の、いまだおこらざりしほどの世の学問は、歌もただ古今集よりこなたにのみとどまりて、万葉などは、ただいと物どおく、心も及ばぬ物として、さらにその歌の善き悪しきを思い、古き近きをわきまえ、またその詞を、今のおのが物としてつかう事などは、すべて思いも及ばざりし事なるを、今はその古言をおのがものとして、万葉ぶりの歌をも詠み出で、古ぶりの文などをさえ、書きうることとなれるは、もはらこのうしのおしえのいさおにぞ有りける。今の人は、ただおのれみづから得たるごと思うめれど、みなこの大人の御蔭によらずと云うこと無し。また古事記・書紀などの、古典をうかがうにも、漢意にまどわされず、まづもはら古言を明らめ、古意によるべきことを、人みな知れるも、このうしの万葉のおしえのみたまにぞ有りける。そもそも斯かるたふとき道を、開らき初められたるいそしみは、世にいみしきものなりかし。
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『玉勝間』二の巻 ふみども今は得やすくなれる事その頃までは、大かた斯かりけるに、このちかき年頃となりては、写本ながら代匠記も多く出でて、さらに得がたからず成りぬるは、古学の道のひらけて、ようずる人多ければぞかし。さるは代匠記のみにも有らず、すべて写しまきなる物は、家家の記録などのたぐい、その外の書どもも、いといと得がたかりしに、何も何も、今はたやすく得らるる事となれるは、いともいともめでたく尊き、御代の御栄えになん有りける。
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『玉勝間』十一の巻 万葉集をよむこころばへ万葉集今の本、文字を誤れる所いと多し、こは近き世の事にはあらで、いと早くより、久しく誤り来ぬるものとぞ見えたる。然るに近き頃は、古学おこりて、むねとこの集を心にかくるともがら、多きが故につぎつぎによき考え出で来て、誤れる字も、ようやくに知られたること多し。されどなお知られざるも多きなり。その心してよむべきなり。むげに聞こえぬところどころなどは、大かた誤字にぞ有りける。さてまたすべて訓も、誤りいと多し。さるはこの集はじめは、訓は無かりしを、やや後に始めて附けたりし。その訓は、いといとおさなくて、えもいわぬひがことのみにして、さらに用い難きものなりしを、中むかしまでさて有りしを、仙覚と云いけるほうし、力を用いて多く訓を改めたる、今の本は、この仙覚が訓にて、もとのに比ぶれば、こよなくまさりてぞ有りける。然れどもなおよからざること多きを、近き世に契沖法師があらためたるにて、またこよなく善くなれり。
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『玉勝間』七の巻 契沖ほうしの墓のいしぶみ僧契沖没す、実に元禄十四年なり、没して即ち円珠庵に塔す、庵は大坂の東郊に在り、今を距つること四十三年、塋域荒蕪し、款字漫剝す、庵主源光之を憂い、将に修めんとす、乃ち諸を江友俊に謀る、素より和歌の学を為すことを嗜む、議便ち能く合い、遂に別に碑を造りて、その顛末を記し、以て之を冢上に列ねんと欲し、乃ち余をして之に文せしむ、余沖を識らず、且つ儒釈は塗を殊にするを以て辞す、俊曰く、沖は則ち緇流なりと雖も、和歌を善くし、及び万葉集を治めて、訓詁に功有る者なり、水戸義公の詞臣に命じて、万葉集の纂註を為すや、介して沖に請う、固辞して就かず、ここに於て代匠記を撰びて以て之を献じ、総釈之に副う、則ち公その善く古言を解き、善く古歌を釈するを嘉して、仍りて白金千両、絹三十匹を餽り、以て之に謝を展ぶ、沖即ち貧乏に散贍し、塔廟を修め、一銭尺帛も以て身に随えず、公また古今余材抄を閲して、柿本大夫の明石の和歌の解に至り、大いにその卓見に服し、乃ちまた書を与えて、強いて之を起たしむ、辞して曰く、林壑の性、拝起に堪えずと、終に就かず、著す所の漫吟集二十巻、下河辺長流子之に序す、厚顔抄、改観抄、勝地吐懐篇、各三巻、勢語臆断四巻、源注拾遺、名所補翼、各八巻、類字名所集七巻、和字正濫五巻、河社二巻、代匠記二十巻、総釈二巻、古今余材抄十巻、沖の人と為りや、寛厚長者、謙恭にして人を愛し、強識博覧、旁ら経史に通ず、嘗て人の為に万葉集を説くに、引証確実、雄弁注ぐがごとし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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