玉勝間 / 二の巻 もりに杜の字を書事
史記の周ノ本紀ノ賛に、所謂周公葬我畢、畢在鎬東南社中。註に杜一作社。また秦ノ本紀に、蕩社註に社一、作杜と云へり。これらは、杜と社とは、字の形の似たるによりて、かくたがひに誤れるものか、はた相通ふよし有て斯かるか。もし杜の字、社と通はば、もりに殊によし有。又かの杜ノ中とあるは、なにとかやもりめきて聞ゆかし。
書き下し
史記の周の本紀の賛に、所謂周公我を畢に葬る、畢は鎬の東南の社中に在り。註に杜は一に社に作る。また秦の本紀に、蕩社、註に社は一に杜に作ると云えり。これらは、杜と社とは、字の形の似たるによりて、かくたがいに誤れるものか、はた相通うよし有りて斯かるか。もし杜の字、社と通わば、もりに殊によし有り。またかの杜の中とあるは、なにとかやもりめきて聞こゆかし。
現代語訳
『史記』周本紀の賛に「いわゆる、周公は我を畢に葬れと言った。畢は鎬の東南の杜(社)の中にある」とあり、注に「杜は一本に社に作る」とある。また秦本紀に「蕩社」とあり、注に「社は一本に杜に作る」と言っている。これらは、杜と社とは字の形が似ているので、このように互いに誤ったものか、あるいは相通じる理由があってこうなのか。もし杜の字が社と通じるのなら、「もり」(神社の森)と訓むことにとりわけ理由がある。また、あの「杜の中」とあるのは、何となく森めいて聞こえることだ。
解説
日本で「杜」の字を「もり」と読む理由を、『史記』の異文から探った短い段である。神社の森を「杜」と書くのは日本独自の用法で、中国では杜は木の名や地名に使われる字である。宣長は、『史記』周本紀と秦本紀の注に、杜と社が本によって入れ替わる例があることに目をつけた。字形が似ているための誤りかもしれないが、もし両字が通じるなら、社(やしろ)の字と通う杜を神の森の意の「もり」に当てたのには理由があることになる。さらに「杜中」という語がどこか森めいて聞こえる、と感覚も添える。断定せず、可能性として示すにとどめているのが宣長の慎重さである。漢籍を読むのも漢意に従うためではなく、日本の言葉と文字の由来を確かめるためだったことがわかる。
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