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玉勝間 / 二の巻 あらたに云ひ出たる説はとみに人のうけひかぬ事

然れども又まれまれには、新なる說の善きを聞ては、古きが惡しき事をさとりて、すみやかに改め從ふたぐひも、無きにはあらず。古きをいかにぞや思ひて、かくはあらじかとまでは思ひよれども、みづから定むる力無くて、疑はしながら、さて有るなどは、あらたなる善き說を聞きては、斯くてこそはと、いみしく喜びつつ、たちまちに從ふたぐひも有かし。大かた新なる說は、いかに善くても、すみやかには用ふる人まれなるものなれど、善きは、年をへても、おのづからつひには世の人のしたがふものにて、あまねく用ひらるれば、其時にいたりては、始めにねたみそしりしともがらも、心には悔しく思へど、おくればせに從はむも、猶ねたく、人わろくおぼえて、心よからずながら、古きをまもりてやむともがらも多かり。しか世ノ中の論さだまりて、皆人のしたがふ世に成りては、始ノよりすみやかに改めしたがひつる人は、かしこく心さとく思はれ、古きにかかづらひて、とかくとどこほれる人は、心おそく云ふかひなく思はるるわざぞかし。

新字:然れども又まれまれには、新なる説の善きを聞ては、古きが悪しき事をさとりて、すみやかに改め従ふたぐひも、無きにはあらず。古きをいかにぞや思ひて、かくはあらじかとまでは思ひよれども、みづから定むる力無くて、疑はしながら、さて有るなどは、あらたなる善き説を聞きては、斯くてこそはと、いみしく喜びつつ、たちまちに従ふたぐひも有かし。大かた新なる説は、いかに善くても、すみやかには用ふる人まれなるものなれど、善きは、年をへても、おのづからつひには世の人のしたがふものにて、あまねく用ひらるれば、其時にいたりては、始めにねたみそしりしともがらも、心には悔しく思へど、おくればせに従はむも、猶ねたく、人わろくおぼえて、心よからずながら、古きをまもりてやむともがらも多かり。しか世ノ中の論さだまりて、皆人のしたがふ世に成りては、始ノよりすみやかに改めしたがひつる人は、かしこく心さとく思はれ、古きにかかづらひて、とかくとどこほれる人は、心おそく云ふかひなく思はるるわざぞかし。

書き下し

然れどもまたまれまれには、新なる説の善きを聞きては、古きが悪しき事をさとりて、すみやかに改め従うたぐいも、無きにはあらず。古きをいかにぞや思いて、かくはあらじかとまでは思いよれども、みずから定むる力無くて、疑わしながら、さて有るなどは、あらたなる善き説を聞きては、斯くてこそはと、いみしく喜びつつ、たちまちに従うたぐいも有りかし。大かた新なる説は、いかに善くても、すみやかには用うる人まれなるものなれど、善きは、年をへても、おのずからつひには世の人のしたがうものにて、あまねく用いらるれば、その時にいたりては、始めにねたみそしりしともがらも、心には悔しく思えど、おくればせに従わむも、猶ねたく、人わろくおぼえて、心よからずながら、古きをまもりてやむともがらも多かり。しか世の中の論さだまりて、皆人のしたがう世に成りては、始めよりすみやかに改めしたがいつる人は、かしこく心さとく思われ、古きにかかずらいて、とかくとどこおれる人は、心おそく云うかいなく思わるるわざぞかし。

現代語訳

けれどもまた、まれには、新しい説の良いのを聞いて、古い説の悪いことを悟り、すぐに改めて従う類もないわけではない。古い説をどうも怪しいと思い、こうではないだろうかとまでは思い至っても、自分で決める力がなくて、疑わしいままにしていた人などは、新しい良い説を聞くと、これでこそと大いに喜んで、たちまち従う類もあるものだ。だいたい新しい説は、どんなに良くても、すぐに用いる人はまれなものだが、良いものは年を経ても自然についには世の人が従うもので、広く用いられるようになると、その時になって、はじめに妬みそしった人々も、心では悔しく思うが、遅ればせに従うのもやはり癪で、体裁が悪く感じられて、不愉快ながら古い説を守ったまま終わる人々も多い。そうして世の中の議論が定まって、皆が従う世になると、はじめからすぐに改めて従った人は賢く聡いと思われ、古い説にこだわってとかく滞っていた人は、鈍くふがいないと思われるものである。

解説

前の段の続きで、新しい説が最終的にどう受け入れられていくかを描く。まれには、良い説を聞いてすぐ改める人もいる。とくに古い説に疑いを持ちながら自分で決めかねていた人は、新説を喜んで迎える。良い説は時間がかかっても結局は世に広まり、そのとき最初にそしった人々は、悔しさと体裁の悪さから今さら従えず、古い説を抱えたまま終わる。そして後から見れば、早く改めた人は賢く、こだわった人は鈍く見える、と宣長は結ぶ。新しい考えが広まる過程を、先に受け入れる少数、多数の抵抗、そして意地で取り残される人々と描き分けた観察は鋭い。説の良し悪しより、自分の面子を守る心が判断を曇らせるという指摘は、今の組織や個人の意思決定にもそのまま当てはまる。

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