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驢鞍橋 / 卷上

卯の夏夜話に曰く、我分別いつとなく失せ、慮知抔と云ふことなし。然る間云ひ損ひも有らんず事ぢやが、出次第に働きて、此年迄來れとも間に合はぬ事無し。總して若き時より無分別なる性也。然れども元より事の談合肝要の時に至ては、何たる分別者よりも我一言に究むる事多し。我もいな事に思ふ也。但しつゝきれて云ふ心か、夫れは元より中中强い位有り、事の談合に及んでは、聞くと早や胸すはつてつゝきれて云はるゝと也。

新字:卯の夏夜話に曰く、我分別いつとなく失せ、慮知抔と云ふことなし。然る間云ひ損ひも有らんず事ぢやが、出次第に働きて、此年迄来れとも間に合はぬ事無し。総して若き時より無分別なる性也。然れども元より事の談合肝要の時に至ては、何たる分別者よりも我一言に究むる事多し。我もいな事に思ふ也。但しつゝきれて云ふ心か、夫れは元より中中强い位有り、事の談合に及んでは、聞くと早や胸すはつてつゝきれて云はるゝと也。

書き下し

卯の夏夜話に曰く、我分別いつとなく失せ、慮知抔と云ふことなし。然る間云ひ損ひも有らんず事ぢやが、出次第に働きて、此年迄来れとも間に合はぬ事無し。総して若き時より無分別なる性也。然れども元より事の談合肝要の時に至ては、何たる分別者よりも我一言に究むる事多し。我もいな事に思ふ也。但しつゝきれて云ふ心か、夫れは元より中中强い位有り、事の談合に及んでは、聞くと早や胸すはつてつゝきれて云はるゝと也。

現代語訳

卯の年の夏の夜話で言われた。私の分別はいつとはなく失せて、思慮などというものはない。だから言い損ないもあるだろうが、出るままに働かせて、この年まで来たけれども、間に合わないことはなかった。おおよそ若いときから無分別な性分である。けれども、もともと物事の相談の肝要なときになると、どんな分別者よりも、私の一言で決まることが多い。私も妙なことだと思う。ただし、すぱっと言い切る心は、もともとなかなか強いところがあって、物事の相談になると、聞いたとたんに胸が据わって、すぱっと言い切られるのである、と。

解説

考え込まずに出るままに働かせてきた、と正三は自らを無分別な性分だと言う。それでも重要な相談の場では、思慮深い人々よりも自分の一言で決まることが多い、と。聞いた瞬間に胸が据わり、迷わず言い切れる。あれこれ分別を重ねることが、必ずしも良い判断を生むわけではない。会議で慎重論ばかりが続き結論が出ないとき、胸の据わった一言が場を動かすことがある。判断力の源が心の据わりにあることを示す条である。

この章句が説くこと

判断決断胸が据わる無分別会議一言

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