導師導古典を学びたいすべての人に

玉勝間 / 二の巻 から国聖人の世の祥瑞と云ふもの

もろこしの國に、古へ聖人と云ひし者の世には、その德にめでて、麒麟鳳凰など云ひて、ことごとしき鳥けだ物いで、又くさぐさめでたきしるしの現れし事を云へれども、さるたぐひのめづらしき物も、唯だ何となくをりをりは出る事なるべきを、たまたま出ぬれば、德にめでて、天のあたへたるごと云ひなして、聖人のしるしとて、世の人に、いみしき事に思はせたるものなり。萬づにかかるぞ、かの國人のしわざなりける。

新字:もろこしの国に、古へ聖人と云ひし者の世には、その徳にめでて、麒麟鳳凰など云ひて、ことごとしき鳥けだ物いで、又くさぐさめでたきしるしの現れし事を云へれども、さるたぐひのめづらしき物も、唯だ何となくをりをりは出る事なるべきを、たまたま出ぬれば、徳にめでて、天のあたへたるごと云ひなして、聖人のしるしとて、世の人に、いみしき事に思はせたるものなり。万づにかかるぞ、かの国人のしわざなりける。

書き下し

もろこしの国に、古聖人と云いし者の世には、その徳にめでて、麒麟鳳凰など云いて、ことごとしき鳥けだ物いで、またくさぐさめでたきしるしの現れし事を云えれども、さるたぐいのめずらしき物も、ただ何となくおりおりは出ずる事なるべきを、たまたま出でぬれば、徳にめでて、天のあたえたるごと云いなして、聖人のしるしとて、世の人に、いみしき事に思わせたるものなり。万ずにかかるぞ、かの国人のしわざなりける。

現代語訳

中国では、昔の聖人といわれた者の世には、その徳に感じて、麒麟や鳳凰などという大げさな鳥や獣が現れ、またいろいろなめでたい兆しが現れたと言っているが、そういう珍しい物も、ただ何となく時々は現れるものであろうに、たまたま現れると、徳に感じて天が与えたかのように言いなして、聖人のしるしだとして、世の人にたいへんなことだと思わせたのである。何事につけてもこうなのが、あの国の人のやり口である。

解説

中国の祥瑞思想を批判した短い段である。聖人の世には徳に感じて麒麟や鳳凰が現れたというが、珍しい鳥獣はいつの世にも時々は出るもので、たまたま出たのを天が徳を嘉した証しと言いなし、君主の正しさを人々に信じ込ませる道具にしたのだ、と宣長は見る。聖人は徳によって天命を受けるという儒教の理屈は、裏を返せば、帝位を奪った者が自分を正当化する理屈にもなる。宣長が漢意を嫌ったのは、この「もっともらしい理由づけで人を従わせる」やり方だった。自然の出来事に意味を読み込んで権威の証しにするという仕組みは、形を変えて今もある。偶然を必然の顔で語る話には、まず誰が得をするのかを考えよ、という警告として読める。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る