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玉勝間 / 二の巻 道をおこなふさだ

道をおこなふ事は、君とある人のつとめなり、物まなぶ者のわざには有らず。もの學ぶ者は、道を考へ尋ぬるぞつとめなりける。吾は斯くの如く思ひとれる故に、みづから道をおこなはむとはせず、道を考へ尋ぬる事をぞつとむる。そもそも道は、君の行ひ給ひて、天の下に敷きほどこらし給ふわざにこそ有れ。今のおこなひ道にかなはざらむからに、下なる者の、改め行はむは、わたくし事にして、中中に道の心にあらず。下なる者はただ、善くも有れ惡しくも有れ、上の御おもむけに從ひをる物にこそあれ。古、の道を考へ得たらんからに、私に定めて行ふべきものには有らずなむ。

新字:道をおこなふ事は、君とある人のつとめなり、物まなぶ者のわざには有らず。もの学ぶ者は、道を考へ尋ぬるぞつとめなりける。吾は斯くの如く思ひとれる故に、みづから道をおこなはむとはせず、道を考へ尋ぬる事をぞつとむる。そもそも道は、君の行ひ給ひて、天の下に敷きほどこらし給ふわざにこそ有れ。今のおこなひ道にかなはざらむからに、下なる者の、改め行はむは、わたくし事にして、中中に道の心にあらず。下なる者はただ、善くも有れ悪しくも有れ、上の御おもむけに従ひをる物にこそあれ。古、の道を考へ得たらんからに、私に定めて行ふべきものには有らずなむ。

書き下し

道をおこなう事は、君とある人のつとめなり、物まなぶ者のわざには有らず。もの学ぶ者は、道を考え尋ぬるぞつとめなりける。吾は斯くの如く思いとれる故に、みずから道をおこなわむとはせず、道を考え尋ぬる事をぞつとむる。そもそも道は、君の行い給いて、天の下に敷きほどこらし給うわざにこそ有れ。今のおこない道にかなわざらむからに、下なる者の、改め行わむは、わたくし事にして、なかなかに道の心にあらず。下なる者はただ、善くも有れ悪しくも有れ、上の御おもむけに従いおる物にこそあれ。古の道を考え得たらんからに、私に定めて行うべきものには有らずなむ。

現代語訳

道を行うことは、君主である人の務めであって、学問をする者のすることではない。学ぶ者は、道を考え尋ねることこそが務めである。私はこのように考えているので、自分から道を行おうとはせず、道を考え尋ねることに努めている。そもそも道とは、君主が行われて、天下に敷き広められるものである。今の行いが道にかなわないからといって、下の者が改めて行おうとするのは、私事であって、かえって道の心ではない。下の者はただ、善くても悪くても、上の方針に従っているものである。古の道を考え得たからといって、自分勝手に定めて行うべきものではない。

解説

学者の務めは道を考え尋ねることであって、道を行うことではない、と宣長が自分の立場を明言した段である。道を天下に行うのは君主の務めで、下の者が古の道を知ったからといって私に改め行うのは、かえって道の心に背く、と言う。宣長自身、「みずから道をおこなわむとはせず」と書いている。ここには、学問を政治の実践に結びつけた儒者への対抗と、世の中は上の定めに従うのが筋だという宣長の秩序観が表れている。善くても悪くても上に従え、という言い方は今の感覚では受け入れにくいが、学者は研究に徹し、実行は責任ある立場の者に委ねるという線引きとして読むこともできる。知ることと行うことの役割を分けた、宣長らしい割り切りである。

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