玉勝間 / 一の巻 実名を呼ぶをなめしとする事
同じ書に、平ノ政子が賴家を諫めたる語に、源氏等者幕下之一族、北條者我親戚也、仍先人類被施芳情、常令招座右給而今於彼輩等、無優賞、剩皆令喚。實名給之間、各以貽恨之由、有其聞とあり。人の實名をよぶことをば、無禮しとする事、これにても知べし。
新字:同じ書に、平ノ政子が頼家を諫めたる語に、源氏等者幕下之一族、北条者我親戚也、仍先人類被施芳情、常令招座右給而今於彼輩等、無優賞、剰皆令喚。実名給之間、各以貽恨之由、有其聞とあり。人の実名をよぶことをば、無礼しとする事、これにても知べし。
書き下し
同じ書に、平の政子が頼家を諫めたる語に、源氏等は幕下の一族、北条は我が親戚なり、仍て先人しきりに芳情を施され、常に座右に招かしめ給う、而るに今彼の輩等に於いて、優賞無く、剰え皆実名を喚ばしめ給うの間、各々恨みを貽すの由、其の聞こえ有りとあり。人の実名をよぶことをば、無礼しとする事、これにても知るべし。
現代語訳
同じ書(吾妻鏡)に、平政子(北条政子)が頼家を諫めた言葉として、「源氏の人々は幕下(頼朝)の一族であり、北条は私の親戚である。それで先人(頼朝)はしきりに情けをかけられ、いつも身近に招かれた。それなのに今、あの者たちに褒美もなく、そのうえみな実名で呼ばせなさるので、それぞれ恨みを残していると聞いている」とある。人の実名を呼ぶことを無礼とすることが、これでも分かる。
解説
人を実名で呼ぶことを無礼とした古い習いを、北条政子の諫言から示した段である。二代将軍頼家が、父頼朝が厚遇した源氏一門や北条の人々に褒美も与えず、そのうえ皆を実名で呼びつけたので、恨みを買っているという。政子はそれを息子に諫めた。昔の日本では、実名(諱)は親や主君など限られた人だけが口にするもので、ふだんは官職名や通称で呼ぶのが礼儀だった。実名で呼ぶことは相手を見下す扱いと受け取られたのである。宣長はこの一文を、その習いが鎌倉時代にもはっきりあった証拠として拾った。呼び方一つで人の心は離れていく。相手をどう呼ぶかに敬意の有無が表れるのは、今の職場の人間関係でも変わらない。
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