葉隠 / 聞書第一
心安い人も慇懃に取合ふが侍の作法、恥しむるは作法でない。何某へ町方何某訴狀を渡すべしと申し候時、請取るまじきと申し候を、何某居合はせ、「まづ請取り置き候て、無用と候はば返し申され候へかし。」と申し候に付て、「さらば請取り置くべし。」と申し候時、「請取らする物を請取らずに置く事がなるものか。」と、いやしめ申され候由、話す人あり。役所々々にて慇懃に取り合ふが士の作法にてあらずとなり。
新字:心安い人も慇懃に取合ふが侍の作法、恥しむるは作法でない。何某へ町方何某訴状を渡すべしと申し候時、請取るまじきと申し候を、何某居合はせ、「まづ請取り置き候て、無用と候はば返し申され候へかし。」と申し候に付て、「さらば請取り置くべし。」と申し候時、「請取らする物を請取らずに置く事がなるものか。」と、いやしめ申され候由、話す人あり。役所々々にて慇懃に取り合ふが士の作法にてあらずとなり。
書き下し
心安い人も慇懃(いんぎん)に取り合うのが侍の作法、恥ずかしむるは作法でない。何某(なにがし)へ町方(まちかた)の何某が訴状(そじょう)を渡すべしと申し候時、請け取るまじきと申し候を、何某が居合わせ、「まず請け取り置き候て、無用と候わば返し申され候えかし」と申し候に付いて、「さらば請け取り置くべし」と申し候時、「請け取らせる物を請け取らずに置く事がなるものか」と、いやしめ申され候由、話す人あり。役所々々(やくしょやくしょ)にて慇懃に取り合うのが士の作法にてあらずとなり。
現代語訳
親しい間柄の人に対しても、礼儀正しく丁寧に応対するのが侍の作法であり、相手に恥をかかせるのは作法ではない。ある役人に、町方の者が訴状を差し出そうとしたとき、その役人が受け取るまいと言った。そばに居合わせた者が「まず受け取っておいて、必要なければ返せばよいでしょう」と助け舟を出したので、「それなら受け取っておこう」と言った。すると別の者が「差し出す物を受け取らずに放っておくことなどあってよいものか」と、その役人を見下して言ったという――こんな話をする人がいた。だが、役所役所において、そんなふうに人を見下すのは、丁寧に応対すべき侍の作法にはずれている、というのである。
解説
この章句が説くこと
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