孟子 / 離婁章句上
孟子曰、恭者不侮人、儉者不奪人。侮奪人之君、惟恐不順焉。惡得為恭儉。恭儉豈可以聲音笑貌為哉。
新字:孟子曰、恭者不侮人、倹者不奪人。侮奪人之君、惟恐不順焉。悪得為恭倹。恭倹豈可以声音笑貌為哉。
書き下し
孟子曰く、「恭者は人を侮らず、儉者は人より奪わず。人を侮り奪うの君は、惟だ順わざらんことを恐る。惡くんぞ恭儉を為すを得んや。恭儉は豈に聲音笑貌を以て為す可けんや。」
現代語訳
孟子は言った。 「慎み深い者は人を侮らない。心清く質素な者は人から物を奪わない。人を侮り人から物を奪うような君は、ただ人民が自分に従おうとしない事だけを恐れている。そんなことでは外面をどんなに装っても、真の恭倹を為すことはできない。真の恭倹はうわべの言葉や笑顔でとりつくろえるものではない。」
解説
本当の礼儀正しさや謙虚さは、表面的な言葉や態度で作れるものではありません。心から相手を尊重している人は、決して他人を軽んじたり、無理に奪ったりしません。見返りを求めたり、反発を恐れたりして取り繕った態度は、いずれ見透かされてしまいます。対人関係においては、上辺のテクニックに頼るのではなく、心からの誠意と思いやりを持つことが何より重要です。
この章句が説くこと
礼儀謙虚真の敬意誠意
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