論語 / 八佾篇
子曰:『周監於二代、郁郁乎文哉。吾從周。』
新字:子曰:『周監於二代、郁郁乎文哉。吾従周。』
書き下し
子曰く、『周、二代を監みて、郁郁として文なる哉。吾、周に従う。』
現代語訳
孔子は言った。「周の王朝は夏と殷の二代を手本とし、なんと立派に文化を整えたことか。私は周に従う。」
解説
周の王朝は、その前の夏・殷の二つの時代の良いところを手本にしながら、独自に文化や仕組みを磨き上げ、見事に整った世の中を作り上げました。孔子はその積み重ねの姿を「郁郁乎(いくいくこ)として文なるかな」と褒めたたえ、自分は周のやり方に従うと述べています。これは、真に立派なものは一朝一夕にはできず、先人の経験を学びながら少しずつ良くしていく地道な積み重ねから生まれる、という教えです。会社の仕組みや町内会の運営、家庭のしきたりも同じで、いきなり新しいやり方に飛びつくよりも、これまでの歴史や過去の失敗・成功をよく調べ、良い点は受け継ぎ、悪い点は直していくほうが、結局は深みのある確かなものに育ちます。温故知新という言葉にも通じる、地に足のついた学び方の大切さを、この一言は伝えています。
この章句が説くこと
周礼文化継承
関連する章句
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『洗心洞箚記』卷下・第二十三條周官大司寇の職、五刑を以て万民を糾す。故に野に惰農無く、軍に怯兵無く、郷に悪人無く、官に貪者無く、国に暴客無し。此れ成周の治まりて強き所以の一端なり。而して漢唐に至りて暴を糾すの刑有りて、其の余の四刑と、上愿の法とは索然として尽く。而して国の富強を欲するも得べからず。何ぞ況んや三代の治をや。
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『玉勝間』一の巻 から国の官神事と喪事とをかね行ふ事周礼と云うから書を見れば、大祝・小祝の官、もろもろの神祇祭祀の事をあづかり掌り、また喪事をもあづかり掌るよし云えり。生きたると死にたると、浄きと穢きとのわき無くして、皇国のこころより見れば、いともいとも穢らわしき国俗なりけり。
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『呻吟語』外篇・治道・周公は一部の活きたる『周禮』周公は是れ一部の活きたる『周禮』なり。世に只だ周公有らば必ずしも『周禮』有るを要せず。周公をして今に生まれしめば、寧ぞ一一『周禮』を用ひんや。愚謂へらく、周公有らば『周禮』無しと雖も可なり。周公無くんば『周禮』有りと雖も可ならず。
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『弁名』忠信忠とは、人の為に謀り、或いは人の事に代はりて、能く其の中心を尽くし、視ること己の事の若く、懇到詳悉にして至らざる莫きなり。或いは君に事ふるを以て之を言ひ、或いは専ら訟を聴くを以て之を言ふ。訟を聴くも亦た君に事へ官に居るの事なり。然れども五刑の属三千、至つて繁細たり。而して民の詐りを懐き、獄訟の情得難く、彼此怨みを構ふ。苟も能く其の情を体するに非ずんば、則ち其の平を得ず。故に周礼の六徳に、忠は司寇の材為り。左伝に、「小大の獄、察すること能はずと雖も、必ず情を以てす」と、「忠の属なり」と。以て見るべきのみ。子は四を以て教ふ、文・行・忠・信。忠は政事の科為り。政事は君に代はるの事なり。故に忠を以て之に命ず。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味天官に云う、凡そ和は、春は酸を多くし、夏は苦を多くし、秋は辛を多くし、冬は醎を多くし、調うるに滑甘を以てす、と。解に両家有り。一に云う、宜しく時気に従うべし。春の食は須く酸を多くすべく、夏の食は須く苦を多くすべし、と。一に云う、多とは過なり。春の食は酸に過ぐ、宜しく其の醎味を減ずべし。夏の食は苦に過ぐ、宜しく其の酸味を減ずべし、と。是を以て後の句に云う、調うるに滑甘を以てす、と。今前の解に依る。四時の味は、各々時気の当たる所に随う。故に時を逐いて醎苦酸辛、体を養うの宜しきなり。土は既に中に居り、総べて四財を戴く。是を以て四時の味兼ね、須く甘味以て之を調うべし。又云う、膳食の宜しき所を会(あわ)す。牛は稌(と)に宜し、稌は稲なり。羊は黍に宜し、豕は稷に宜し、犬は梁に宜し、鳥は麦に宜し、魚は菰(こ)に宜し。菰は彫胡(ちょうこ)なり。凡そ君子の食は、恒に焉(これ)に放(なら)う、と。凡そ薬は、酸は骨を養い、苦は気を養い、甘は肉を養い、辛は筋を養い、醎は脈を養う、と。此れ並びに相扶の義なり。河図に云う、人の食、醎を極むること無かれ。腎気をして盛んならしめ、心気衰え、人をして狂を発し、喜(しばしば)衂(じく)し、吐血し、心神定まらざらしむ。辛を極むること無かれ。肺気をして盛んならしめ、肝気衰え、人をして懦怯(だきょう)悲愁し、目盲い、髪白からしむ。甘を極むること無かれ。脾気をして盛んならしめ、腎気衰え、人をして癡淫(ちいん)泄精し、腰背痛み、膿血を利せしむ。苦を極むること無かれ。心気をして盛んならしめ、肺気衰え、人をして果敢にして死を軽んじ、欬逆(がいぎゃく)し、胸満たしむ。酸を極むること無かれ。肝気をして盛んならしめ、脾気衰え、人をして穀消化せず、喑聾(いんろう)癥固(ちょうこ)ならしむ、と。此れ五蔵の相制剋するの義なり。黄帝養生経に云う、
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五行大義・第二十二論諸官則ち国昌え民安し。任その人に非ざれば、則ち邦危うく民弊(つか)る。易に曰く、鼎(かなえ)足を折り、公の餗(そく)を覆す、と。此れ三公の人を失うは、鼎の足を折りて、容著に堪えざるが如きを喩うるなり。周官に云う、天官冢宰(ちょうさい)、地官司徒、春官宗伯、夏官司馬、秋官司寇、冬官司空。冢宰は会計を主り、司徒は土地を主り、宗伯は礼楽を主り、司馬は兵戎を主り、司寇は刑罰を主り、司空は造作を主る、と。孔子曰く、冢宰の官は以て道を成し、司徒の官は以て徳を成し、宗伯の官は以て仁を成し、司馬の官は以て聖を成し、司寇の官は以て義を成し、司空の官は以て礼を成す。之を以て道あれば則ち国治まり、之を以て徳あれば則ち国安く、之を以て仁あれば則ち国和し、之を以て聖あれば則ち国平らかに、之を以て礼あれば則ち国定まり、之を以て義あれば則ち国成る。故に属理まらず、分体明らかならず、法正一ならず、百事紀を失うを、乱と曰う。乱るれば則ち冢宰を飭(いまし)む。地宜殖えず、財物蕃(しげ)らず、万民飢寒し、教化行われず、風俗漂乱し、人民流散するを、危と曰う。危うければ則ち司徒を飭む。父子親しまず、長幼序を失い、君臣上下乖離して志を異にするを、不和と曰う。不和なれば則ち宗伯を飭む。賢能にして官爵を失い、功労ありて賞禄を失い、士卒疾怨し、兵弱くして用いられざるを、不平と曰う。不平なれば則ち司馬を飭む。刑罰暴乱し、姦邪勝えざるを、不義と曰う。不義なれば則ち司寇を飭む。度量審らかならず、挙げて事理を失い、都鄙修まらず、財物所を失うを、貧と曰う。貧なれば則ち司空を飭む。故に古の王者は、常に季冬を以て徳を考え法を正し、以て治乱を観る。徳盛んなる者は、則ち法を修め、徳盛んならざる者は、則ち政を飭む。故に法と政と、盛んにして衰えず、と。淮南子天文篇に云う、
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