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弁名 / 忠信

忠者。爲人謀。或代人之事。能盡其中心。視若己事。懇到詳悉。莫不至也。或以事君言之。或專以聽訟言之。聽訟亦事君居官之事。然五刑之屬三千。至爲繁細。而民之懷詐。獄訟之情難得。彼此構怨。苟非能體其情。則不得其平。故周禮六德。忠爲司寇之材焉。左傳。小大之獄。雖不能察。必以情。忠之屬也。可以見已。子以四敎。文行忠信。忠爲政事之科。政事者代君之事。故以忠命之。

新字:忠者。為人謀。或代人之事。能尽其中心。視若己事。懇到詳悉。莫不至也。或以事君言之。或専以聴訟言之。聴訟亦事君居官之事。然五刑之属三千。至為繁細。而民之懐詐。獄訟之情難得。彼此構怨。苟非能体其情。則不得其平。故周礼六徳。忠為司寇之材焉。左伝。小大之獄。雖不能察。必以情。忠之属也。可以見已。子以四教。文行忠信。忠為政事之科。政事者代君之事。故以忠命之。

書き下し

忠とは、人の為に謀り、或いは人の事に代はりて、能く其の中心を尽くし、視ること己の事の若く、懇到詳悉にして至らざる莫きなり。或いは君に事ふるを以て之を言ひ、或いは専ら訟を聴くを以て之を言ふ。訟を聴くも亦た君に事へ官に居るの事なり。然れども五刑の属三千、至つて繁細たり。而して民の詐りを懐き、獄訟の情得難く、彼此怨みを構ふ。苟も能く其の情を体するに非ずんば、則ち其の平を得ず。故に周礼の六徳に、忠は司寇の材為り。左伝に、「小大の獄、察すること能はずと雖も、必ず情を以てす」と、「忠の属なり」と。以て見るべきのみ。子は四を以て教ふ、文・行・忠・信。忠は政事の科為り。政事は君に代はるの事なり。故に忠を以て之に命ず。

現代語訳

忠とは、人のために計画を立て、あるいは人に代わって事を行うとき、心の底から尽くし、自分の事のようにみなして、ねんごろに細かく、行き届かないところがないことである。ある場合は君主に仕えることで言い、ある場合はもっぱら訴訟を裁くことで言う。訴訟を裁くのも君主に仕え官職にある者の仕事である。しかし五刑に属する罪は三千もあり、きわめて繁雑で細かい。しかも民は偽りを抱き、訴訟の実情はつかみにくく、双方が恨みを抱き合う。その実情を身をもって汲み取れる者でなければ、公平を得られない。だから『周礼』の六徳では、忠は司寇(刑罰の長官)の資質とされる。『左伝』に「大小の訴訟は、すべてを見抜くことはできなくても、必ず実情によって裁く」とあり、「これは忠の類である」とあることからもわかる。孔子は文・行・忠・信の四つで教えたが、忠は政事の科目にあたる。政事とは君主に代わって行う仕事である。だから忠と名づけたのである。

解説

後世、忠は主君への絶対服従のように理解されがちだが、徂徠は古い用例から、忠とは人のために謀り、人に代わって事を行うとき、自分の事のように細やかに心を尽くすことだと定める。とくに訴訟を裁く場面では、双方の実情を汲み取る丁寧さが求められ、だから『周礼』は忠を司寇の資質とした。孔門四教の忠が政事の科目に当たるのも、政事が君主の代理だからである。顧客や上司の仕事を自分事として細部まで詰める姿勢こそ、現代の「忠」である。

この章句が説くこと

忠周礼職分政事誠実左伝

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