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玉勝間 / 一の巻 位階の正従の訓の事

位階の正從の訓、正を於保伊と云ひ、從を比呂伊と云ふ。こは天武紀十四年に、更改爵位之號云云、每階有大廣云云とある、此ノ大と廣との訓を、うつし用ひられたるなり。是等ももとは、於保伎、比呂伎とぞ唱へけむを、ともに伎を伊と云ふは、後の音便なり。古今集ノ序に、柿本ノ人まろを、おほきみつのくらゐと有るは、心得ぬ事ながら、おほいと書かずして、おほきと書るは、古きにかなへり。

新字:位階の正従の訓、正を於保伊と云ひ、従を比呂伊と云ふ。こは天武紀十四年に、更改爵位之号云云、毎階有大広云云とある、此ノ大と広との訓を、うつし用ひられたるなり。是等ももとは、於保伎、比呂伎とぞ唱へけむを、ともに伎を伊と云ふは、後の音便なり。古今集ノ序に、柿本ノ人まろを、おほきみつのくらゐと有るは、心得ぬ事ながら、おほいと書かずして、おほきと書るは、古きにかなへり。

書き下し

位階の正従の訓、正を於保伊と云い、従を比呂伊と云う。こは天武紀十四年に、更めて爵位の号を改む云々、階毎に大広有り云々とある、この大と広との訓を、うつし用いられたるなり。是等ももとは、於保伎、比呂伎とぞ唱えけむを、ともに伎を伊と云うは、後の音便なり。古今集の序に、柿本の人まろを、おおきみつのくらいと有るは、心得ぬ事ながら、おおいと書かずして、おおきと書けるは、古きにかなえり。

現代語訳

位階の正・従の訓は、正を「おおい」と言い、従を「ひろい」と言う。これは天武紀十四年に「あらためて爵位の号を改める。階ごとに大・広がある」などとある、この大と広との訓を移し用いられたのである。これらももとは「おおき」「ひろき」と唱えたであろうのに、ともに「き」を「い」と言うのは後の音便である。古今集の序に柿本人麻呂を「おおきみつのくらい(正三位)」とあるのは、納得のいかないことではあるが、「おおい」と書かずに「おおき」と書いているのは、古い形にかなっている。

解説

位階の「正」を「おおい」、「従」を「ひろい」と読む訓の由来を説いた段である。宣長は、天武天皇十四年に定めた冠位が各階を「大」と「広」に分けていたことに注目し、その訓が後の正・従にそのまま移されたと見る。本来は「おおき」「ひろき」で、「き」が「い」になったのは後の音便だという。そのうえで古今集の序が柿本人麻呂を「おおきみつのくらい」と書いているのは、人麻呂が正三位だったとは考えにくい点で納得できないが、表記は古い形にかなっている、と評価を分けて述べる。事実の当否と言葉の正しさを切り分けて判断するのは、宣長の考証の特徴である。現在も「正三位」を「しょうさんみ」と音読みするが、その陰に古い和語の読みがあったことが分かる。

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