玉勝間 / 一の巻 加賀国白山社の祭
同記云、同年四月六日戊午云云、今日加賀國白山社御祭也、仍予井國司、今朝早旦行水修解除、爲神事、月水者出之、重輕服輩、不入門內於魚喰者不憚、如去年十一月、但至鳥兎之類者、深以禁斷之、社例云、とあり。中昔までも、然るべき神社の祭には、その國司もかくの如くなりき。しかるに今の世は、亂世のままにて、國國にても、神事いとおろそかなり。
新字:同記云、同年四月六日戊午云云、今日加賀国白山社御祭也、仍予井国司、今朝早旦行水修解除、為神事、月水者出之、重軽服輩、不入門内於魚喰者不憚、如去年十一月、但至鳥兎之類者、深以禁断之、社例云、とあり。中昔までも、然るべき神社の祭には、その国司もかくの如くなりき。しかるに今の世は、乱世のままにて、国国にても、神事いとおろそかなり。
書き下し
同記に云う、同年四月六日戊午云々、今日加賀国白山社の御祭なり、仍て予并びに国司、今朝早旦行水して解除を修す、神事の為、月水の者は之を出だす、重軽服の輩は、門内に入れず、魚喰に於いては憚らず、去年十一月の如し、但し鳥兎の類に至りては、深く以て之を禁断す、社例と云う、とあり。中昔までも、然るべき神社の祭には、その国司もかくの如くなりき。しかるに今の世は、乱世のままにて、国々にても、神事いとおろそかなり。
現代語訳
同じ日記にこうある。「同年四月六日戊午。今日は加賀国白山社の御祭である。そこで私と国司は、今朝早く行水して祓いを行った。神事のために、月の障りの者は外に出した。重い喪・軽い喪にある者は門の内に入れない。魚を食べることは憚らない。去年十一月と同じである。ただし鳥や兎の類については、深くこれを禁じる。社の定めであるという。」とある。中頃の世までも、しかるべき神社の祭には、その国の国司もこのように慎んだのであった。ところが今の世は、乱世のままで、諸国でも神事がたいへんおろそかである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』一の巻 平戸記は、多く以て実無きなり、仍て文治の意見に、光長卿議定して言う、実無き物等、其の代物を定めらるべし、新式を立てらるべきかと云う、此の議然るべきの由沙汰有り、記録所に於いて之を定めらる、然れども終に施行無し、建暦の末・建保の初め、また此の沙汰に及ぶ、已に其の奉行等の人数を定めらると雖も、終にまた施行無し、近くは仁治に此の沙汰あり、子細前に同じと云々、封有るの神事、今に於いては封戸実無しと云々、またいわく、同年三月八日、小除目を行わる、中務丞〓原行真云々、中務丞の名字(行真)は、後白河院の御法名なり、職事に云う、年如何と云う、上卿・執筆等存知せざるか、また執柄御覚悟無きか、不審不審、後に聞く、数日を経て此の沙汰出で来たり、追って改めらると云う。
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『玉勝間』七の巻 祈年祭の猪の事同記に、仁平元年二月四日、右少弁資長申す、祈年祭の猪、近江国未進てえり、云々、九日、庚戌、近江の目代俊弘申して云う、郡司申して云う、祭の前十余日、狩れども、猪之を得ず、連日狩猟すれども、今に得ること無し、先例かくのごときの時、代物を用う、先ず即ち北山抄の四を見るに、承平四年六月の月次祭に、馬の代に調布を進る、(八端)彼の例に任せて、調布八端を以て、猪の代と為すべきの由仰せ了んぬ、同じ趣を以て史に仰すと見ゆ。祈年祭の猪とは、御年神に、白猪を進らるる事なり。古書どもに見えたり。
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『玉勝間』七の巻 神わざのおとろへのなげかはしき事よろずよりも、世の中に願わしきは、いかでもろもろの神の社の衰えを、もて直し、もろもろの神わざを、おこさまほしくこそ。今の世の神の社・神事のさまは、おおかた中頃の乱れ世に、いたく衰えすたれたるままなるを、今の世の人は、ただ今のさまをのみ見て、古よりかかるものとぞ思いたんめる。まれまれ書を読む人なども、ただからぶみをのみむねとは読みて、その心もて、万ずをさだして、皇国の古き書どもをば、おさおさ読む人も無ければ、古の御世には、神社・神事を、むねと重くし給いし事をば知らず。また稀れには知れる人も有れども、なお今の世のならいにまぎれては、古を思いくらべて、これを深く歎く人の無きこそ、いと悲しけれ。
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『玉勝間』三の巻 新任国司庁宣神事を先キとする事朝野群載に云う、初任国司庁宣、新司宣す 加賀国在庁官人雑任等、仰せ下す三箇条の事、一つ早く神宝の勘文を進上すべき事、右件の神宝、或いは京に於いて之を儲け、或いは国に於いて之を調うる者、且つは勘文を進上し、且つは其の勤めを致すべし、又恒例の神事、慥かに式日を守り、殊に勤行すべし、一つ云云、一つ云云、延喜十年月日。また庁宣す 但馬国在庁官人等、仰せ下す雑事、一つ恒例の神事を勤仕すべし、右国中の政は、神事を先と為す、専ら如在の厳奠を致し、須らく部内の豊穏を期すべし云云、年月日。いにしえは、諸国にても、神事を重くせられしこと、かくの如し。
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