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玉勝間 / 一の巻 東宮をたがひにゆづりて

此里に、これも宣長がをしへ子に、須賀ノ直見と云ひしは、いときなかりし程より、唐やまとの書を好み讀みて、いとよく學びて、歌をも善く詠み、物のさとりもいと賢こかりけるを、まだ四十にもならで、早くみまかりぬるは、いとあたらしきをのこになむ有ける。それが云へりしは、古今集の序の細註に、東宮を互ひにゆづりてと有るは、誰れもいと心得ぬ云ひざまなる。こは東宮とにぞ有けむを、と文字とを文字とよく似たれば、見誤りて書キつたへたる者なるべし。宇治ノ稚郞子を指して、東宮とは申せるなりとぞ云へりし。此考へにてよく聞こえたり。

新字:此里に、これも宣長がをしへ子に、須賀ノ直見と云ひしは、いときなかりし程より、唐やまとの書を好み読みて、いとよく学びて、歌をも善く詠み、物のさとりもいと賢こかりけるを、まだ四十にもならで、早くみまかりぬるは、いとあたらしきをのこになむ有ける。それが云へりしは、古今集の序の細註に、東宮を互ひにゆづりてと有るは、誰れもいと心得ぬ云ひざまなる。こは東宮とにぞ有けむを、と文字とを文字とよく似たれば、見誤りて書キつたへたる者なるべし。宇治ノ稚郎子を指して、東宮とは申せるなりとぞ云へりし。此考へにてよく聞こえたり。

書き下し

この里に、これも宣長がおしえ子に、須賀の直見と云いしは、いときなかりし程より、唐やまとの書を好み読みて、いとよく学びて、歌をも善く詠み、物のさとりもいと賢こかりけるを、まだ四十にもならで、早くみまかりぬるは、いとあたらしきおのこになむ有りける。それが云えりしは、古今集の序の細註に、東宮を互いにゆずりてと有るは、誰れもいと心得ぬ云いざまなる。こは東宮とにぞ有りけむを、と文字とを文字とよく似たれば、見誤りて書きつたえたる者なるべし。宇治の稚郎子を指して、東宮とは申せるなりとぞ云えりし。この考えにてよく聞こえたり。

現代語訳

この里(松坂)に、これも宣長の教え子で須賀直見という者がいた。幼い頃から中国や日本の書物を好んで読み、たいへんよく学んで、歌も上手に詠み、物事の理解もたいへん賢かったのに、まだ四十にもならないうちに早く亡くなってしまったのは、実に惜しい男であった。その直見が言ったことには、古今集の序の細注に「東宮を互いに譲りて」とあるのは、誰もがよく分からない言い方である。これは「東宮と」であったのを、「と」の文字と「を」の文字とがよく似ているので、見誤って書き伝えたものであろう。宇治の稚郎子を指して東宮と申し上げたのである、と言った。この考えでよく意味が通る。

解説

若くして亡くなった松坂の弟子、須賀直見の説を書き留めた段である。古今集仮名序の古注に、仁徳天皇がまだ皇子であった頃のこととして「東宮を互いに譲りて」とある。東宮の位を譲り合うというのは意味が通らない。直見は、草書の「と」と「を」は字形がよく似ているので、もとは「東宮と互いに譲りて」だったのを写し誤ったのだと見た。東宮とは皇太子の宇治稚郎子のことで、兄の大鷦鷯尊と皇位を譲り合った故事を言うのである。一字を改めるだけで文意がすっきり通る。宣長は「この考へにてよく聞こえたり」と認め、四十前に世を去った弟子を「いとあたらしきおのこ」と惜しんでいる。弟子の一つの発見を忘れず書き残す、師の情が伝わる。

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