玉勝間 / 二の巻 あがたゐのうしの御さとし言
宣長三十あまりなりしほど、縣居ノ大人の〓へをうけ給はりそめし頃より、古事記の注釋を物せむのこころざし有て、その事大人にもきこえけるに、さとし給へりしやうは、われももとより、神の御典をとかむと思ふ心ざし有るを、そはまづからごころを〓くはなれて、古、のまことの意をたづねえずは有るべからず、然るにその古、のこころを得むことは、古言を得たるうへならではあたはず、古言を得むことは、萬葉をよく明らむるにこそあれ、さる故に、吾はまづもはら萬葉をあきらめんとする程に、すでに年老て、殘りのよはひ、今いくばくも有らざれば、神の御ふみを解くまでに至る事えざるを、いましは年さかりにて、行さき長ければ、今より怠る事無く、いそしみ學びなば、其心ざしとぐること有べし。ただし世ノ中の物まなぶともがらを見るに、皆ひきき所を經ずて、まだきに高き所にのぼらんとする程に、ひきき所をだにうる事あたはず、まして高き所はうべきやう無ければ、皆ひがごとのみすめり。
新字:宣長三十あまりなりしほど、県居ノ大人の〓へをうけ給はりそめし頃より、古事記の注釈を物せむのこころざし有て、その事大人にもきこえけるに、さとし給へりしやうは、われももとより、神の御典をとかむと思ふ心ざし有るを、そはまづからごころを〓くはなれて、古、のまことの意をたづねえずは有るべからず、然るにその古、のこころを得むことは、古言を得たるうへならではあたはず、古言を得むことは、万葉をよく明らむるにこそあれ、さる故に、吾はまづもはら万葉をあきらめんとする程に、すでに年老て、残りのよはひ、今いくばくも有らざれば、神の御ふみを解くまでに至る事えざるを、いましは年さかりにて、行さき長ければ、今より怠る事無く、いそしみ学びなば、其心ざしとぐること有べし。ただし世ノ中の物まなぶともがらを見るに、皆ひきき所を経ずて、まだきに高き所にのぼらんとする程に、ひきき所をだにうる事あたはず、まして高き所はうべきやう無ければ、皆ひがごとのみすめり。
書き下し
宣長三十あまりなりしほど、縣居の大人の教えをうけ給わりそめし頃より、古事記の注釈を物せむのこころざし有りて、その事大人にもきこえけるに、さとし給えりしようは、われももとより、神の御典をとかむと思う心ざし有るを、そはまずからごころを清くはなれて、古のまことの意をたずねえずは有るべからず、然るにその古のこころを得むことは、古言を得たるうえならではあたわず、古言を得むことは、万葉をよく明らむるにこそあれ、さる故に、吾はまずもはら万葉をあきらめんとする程に、すでに年老いて、残りのよわい、今いくばくも有らざれば、神の御ふみを解くまでに至る事えざるを、いましは年さかりにて、行くさき長ければ、今より怠る事無く、いそしみ学びなば、その心ざしとぐること有るべし。ただし世の中の物まなぶともがらを見るに、皆ひきき所を経ずて、まだきに高き所にのぼらんとする程に、ひきき所をだにうる事あたわず、まして高き所はうべきよう無ければ、皆ひがごとのみすめり。
現代語訳
宣長が三十歳あまりのころ、縣居の大人(賀茂真淵)の教えを受けはじめたころから、古事記の注釈をしようという志があって、そのことを大人にも申し上げたところ、諭してくださったことには、「私ももとから神の御典を解こうと思う志があるが、それにはまず漢意をきれいに離れて、古の真実の心を尋ね得なければならない。ところがその古の心を得ることは、古語を得たうえでなければできない。古語を得ることは、万葉集をよく明らかにすることにある。それゆえ私はまずひたすら万葉集を明らかにしようとしているうちに、すでに年老いて、残りの寿命もいくらもないので、神の御書を解くまでには至ることができないが、あなたは年盛りで先が長いのだから、今から怠ることなく励んで学べば、その志を遂げることがあるだろう。ただし世の中の学ぶ者たちを見ると、みな低い所を経ずに、早くも高い所に登ろうとするので、低い所さえ得ることができず、まして高い所は得られるはずもないので、みな誤ったことばかりしている。
解説
関連する章句
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『玉勝間』二の巻 あがたゐのうしの御さとし言このむねを忘れず、心にしめて、まずひききところよりよくかため置きてこそ、高き所にはのぼるべきわざなれ、わがいまだ神の御ふみを得とかざるは、もはらこのゆえぞ、ゆめしなを越えて、まだきに高き所をな望みそと、いとねもころになん、いましめさとし給いたりし。この御さとしの言の、いとたっとくおぼえけるままに、いよいよ万葉集に心をそめて、深く考え、くりかえし問いただして、古のこころ詞をさとりえて見れば、まことに世の物知り人と云う者の、神の御ふみ説ける趣は、皆あらぬから意のみにして、さらにまことの意はえ得ぬものになむ有りける。
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『玉勝間』二の巻 おのれあがたゐの大人の〓〓を受けしやう宣長、縣居の大人に逢い奉りしは、この里に一夜やどり給えりしおり、一度のみなりき。その後はただ、しばしば書かよわしきこえてぞ、物は問いあきらめたりける。そのたびたび給えりし御答えのふみども、いと多くつもりにたりしを、ひとつも散らさで、いつきもたりけるを、せちに人の乞いもとむるままに、ひとつふたつと取らせけるほどに、今は残りすくなくなん成りぬる。さて古事記の注釈を物せんの心ざし深き事を申せしによりて、その上つ巻をば、考え給える古言をもて、仮字がきにし給えるをも、貸し給い、また中つ巻下つ巻は、かたわらの訓を改め、所所書き入れなどをも、てずからし給える本をも、かし給えりき。古事記伝に、師の説とて引きたるは、多くその本にある事どもなり。そもそもこの大人、古学の道をひらき給える御いさおは、申すもさらなるを、かのさとし言にのたまえる如く、世のかぎりもはら万葉に力を尽くされしほどに、古事記、書紀にいたりては、そのかむかえ、いまだあまねく深くはゆきわたらず、くわしからぬ事どもも多し。
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『玉勝間』一の巻 あがたゐのうしは古、学のおやなる事からごころをきよくはなれて、もはら古のこころ詞をたづぬるがくもんは、わが県居の大人よりぞはじまりける。この大人の学の、いまだおこらざりしほどの世の学問は、歌もただ古今集よりこなたにのみとどまりて、万葉などは、ただいと物どおく、心も及ばぬ物として、さらにその歌の善き悪しきを思い、古き近きをわきまえ、またその詞を、今のおのが物としてつかう事などは、すべて思いも及ばざりし事なるを、今はその古言をおのがものとして、万葉ぶりの歌をも詠み出で、古ぶりの文などをさえ、書きうることとなれるは、もはらこのうしのおしえのいさおにぞ有りける。今の人は、ただおのれみづから得たるごと思うめれど、みなこの大人の御蔭によらずと云うこと無し。また古事記・書紀などの、古典をうかがうにも、漢意にまどわされず、まづもはら古言を明らめ、古意によるべきことを、人みな知れるも、このうしの万葉のおしえのみたまにぞ有りける。そもそも斯かるたふとき道を、開らき初められたるいそしみは、世にいみしきものなりかし。
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うひ山ぶみ・注[ヘ]初学のともがらは宣長が著したる返て大に道を害することのみ也、されば今、道のために、見てよろしきは、一つもあることなし、さりとて又初学のともがら、いかほど力を用ふとも、二典の本文を見たるばかりにては、道の趣、たやすく会得しがたかるべし、こゝにわが県居ノ大人は、世の学者の、漢意のあしきことをよくさとりて、ねんごろにこれをさとし教へて、盛ンに古学を唱へ玉ひしかども、其力を万葉集にむねと用ひて、道の事までは、くはしくは及ばれず、事にふれては、其事もいひ及ぼされてはあれども、力をこれにもはらと入れられざりし故に、あまねくゆきわたらず、されば道のすぢは、此大人の説も、なほたらはぬこと多ければ、まづ速に道の大意を心得んとするに、のり長が書共をおきて外に、まづ見よとをしふべき書は、世にあることなければ也、さる故に下には、古事記伝をも、おほけなく古書共にならべて、これをあげたり、かくいふをも、なほ我慢なる大言のやうに、思ひいふ人もあるべけれど、さやうに人にあしくいはれんことをはゞかりて、おもひとれるすぢを、
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『玉勝間』二の巻 おのが物まなびの有しやうさてまた道の学びはまず初めより、神書と云うすじの物、ふるき近き、これやかれやと読みつるを、はたちばかりの程より、わきて心ざし有りしかど、とりたててわざと学ぶ事は無かりしに、京にのぼりては、わざとも学ばむと、こころざしはすすみぬるを、かの契沖が歌ぶみの説になずらえて、皇国の古の意をおもうに、世に神道者と云う者の説おもむきは、皆いたくたがえりと、早くさとりぬれば、師と頼むべき人も無かりしほどに、われいかで古のまことのむねを、考え出でむ、と思うこころざし深かりしにあわせて、かの冠辞考を得て、かえすがえす読みあじわうほどに、いよいよ心ざし深くなりつつ、この大人をしたう心、日にそえてせちなりしに、年このうし、田安の殿の仰せ事をうけ給わり給いて、このいせの国より、大和山城など、ここかしこと尋ねめぐられし事の有りしおり、この松坂の里にも、二日三日とどまり給えりしを、さることつゆ知らで、後に聞きて、いみしく口惜しかりしを、かえるさまにも、また一夜やどり給えるを、うかがい待ちて、いといとうれしく、急ぎやどりにもうでて、はじめて見え奉りたりき。さてつひに名簿を奉りて、教えをうけ給わる事には成りたりきかし。
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うひ山ぶみ・注[ラ]万葉集をよくまなぶべし万葉集をよくまなぶべし、此書は、歌の集なるに、二典の次に挙て、道をしるに甚ダ益ありといふは、心得ぬことに、人おもふらめども、わが師ノ大人の古学のをしへ、専らこゝにあり、其説に、古ヘの道をしらんとならば、まづいにしへの歌を学びて、古風の歌をよみ、次に古の文を学びて、古ヘぶりの文をつくりて、古言をよく知リて、古事記日本紀をよくよむべし、古言をしらでは、古意はしられず、古意をしらでは、古の道は知リがたかるべし、といふこゝろばへを、つねづねいひて、教へられたる、此教へ迂遠きやうなれども、然らず、その故は、まづ大かた人は、言と事と心と、そのさま大抵相かなひて、似たる物にて、たとへば心のかしこき人は、いふ言のさまも、なす事のさまも、それに応じてかしこく、心のつたなき人は、いふ言のさまも、なすわざのさまも、それに応じてつたなきもの也、又男は、思ふ心も、いふ言も、なす事も、男のさまあり、女は、おもふ心も、いふ言も、なす事も、女のさまあり、されば時代々々の差別も、又これらのごとくにて、心も言も事も、上代の人は、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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