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玉勝間 / 一の巻 もろこしぶみをも読むべき事

から國の書をも、いとまのひまには、ずゐぶんに見るぞ善き。漢籍も見ざれば、其外ッ國のふりの惡しき事も知られず。又古書はみな漢文もて書たれば、かの國ぶりの文も知らでは、學問もことゆきがたければなり。かの國ぶりの、よろづに惡しき事をよくさとりて、皇國だましひだに强くして、動かざれば、夜ひるからぶみを見ても、心は迷ふ事無し。然れども、かの國ぶりとして、人の心さかしく、何事をも理を盡したるやうに、こまかに論ひ、よさまに說なせる故に、それを見れば、かしこき人も、おのづから心うつり易く、まどひ易きならひなれば、から書見むには、つねに此ことを忘るまじきなり。

新字:から国の書をも、いとまのひまには、ずゐぶんに見るぞ善き。漢籍も見ざれば、其外ッ国のふりの悪しき事も知られず。又古書はみな漢文もて書たれば、かの国ぶりの文も知らでは、学問もことゆきがたければなり。かの国ぶりの、よろづに悪しき事をよくさとりて、皇国だましひだに強くして、動かざれば、夜ひるからぶみを見ても、心は迷ふ事無し。然れども、かの国ぶりとして、人の心さかしく、何事をも理を尽したるやうに、こまかに論ひ、よさまに説なせる故に、それを見れば、かしこき人も、おのづから心うつり易く、まどひ易きならひなれば、から書見むには、つねに此ことを忘るまじきなり。

書き下し

から国の書をも、いとまのひまには、ずいぶんに見るぞ善き。漢籍も見ざれば、その外国のふりの悪しき事も知られず。また古書はみな漢文もて書きたれば、かの国ぶりの文も知らでは、学問もことゆきがたければなり。かの国ぶりの、よろづに悪しき事をよくさとりて、皇国だましいだに強くして、動かざれば、夜ひるからぶみを見ても、心は迷う事無し。然れども、かの国ぶりとして、人の心さかしく、何事をも理を尽くしたるように、こまかに論い、よさまに説きなせる故に、それを見れば、かしこき人も、おのづから心うつり易く、まどい易きならいなれば、から書見むには、つねにこのことを忘るまじきなり。

現代語訳

中国の書物も、暇のあるときには、できるだけ見るのがよい。漢籍も見なければ、その外国の風の悪いことも分からない。また古書はみな漢文で書かれているので、あの国風の文を知らなくては、学問もはかどりにくいからである。あの国風が万事に悪いことをよく悟って、皇国の魂さえ強く持って揺るがなければ、夜も昼も漢籍を見ても、心が迷うことはない。けれども、あの国風として、人の心が賢しく、何事も理を尽くしたように細かく論じ、もっともらしく説きなすので、それを見れば、賢い人でも自然に心が移りやすく、惑いやすい習いであるから、漢籍を見るときには、いつもこのことを忘れてはならない。

解説

漢意を批判し続けた宣長が、漢籍も読めと勧めている段である。理由は二つ。読まなければ中国の風の悪さも分からないし、日本の古書そのものが漢文で書かれているから、漢文を知らなければ学問が進まない。ただし条件がつく。中国の書は何事も理屈を尽くしたように細かく論じ、もっともらしく説くので、賢い人ほど心が引き寄せられる。だから日本の心をしっかり持ち、読みながらもこの危うさを忘れるな、と言う。宣長自身、若い頃に京で儒学を学んだ人である。「皇国だましい」という言い方には時代の響きがあるが、要点は、強い論理を持つ書物を読むときこそ、自分の立ち位置を見失うなという戒めにある。

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