玉勝間 / 一の巻 また
人に借りたる本に、すでに讀みたるさかひに、折りめつくるは、いと心無きしわざなり。本に折りめつけたるは、なほる世無き物ぞかし。
新字:人に借りたる本に、すでに読みたるさかひに、折りめつくるは、いと心無きしわざなり。本に折りめつけたるは、なほる世無き物ぞかし。
書き下し
人に借りたる本に、すでに読みたるさかいに、折りめつくるは、いと心無きしわざなり。本に折りめつけたるは、なおる世無き物ぞかし。
現代語訳
人に借りた本に、もう読んだ境目のところで折り目をつけるのは、たいへん心ないしわざである。本に折り目をつけたのは、直る時のないものである。
解説
借りた本に、読んだところの目印として折り目を付けるな、というだけの短い段である。本に付いた折り目は二度と元に戻らない、と宣長は言う。前の段の貸し借りの心得の続きで、書物を大切に扱う作法をさらに細かく示している。当時の本は和紙を綴じた写本や版本で、多くは簡単には手に入らない貴重品だった。持ち主が長年大事にしてきた一冊に、借り手が自分の都合で消えない跡を残す。その無神経さを戒めているのである。今の私たちも図書館の本に線を引いたり角を折ったりすることがある。人から預かった物は、借りた時の姿のまま返すのが礼儀だという当たり前のことを、宣長は具体的な一例で示している。
関連する章句
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『玉勝間』一の巻 また珍しき書を得たらむには、したしきもうときも、同じこころざしならむ人には、かたみにやすく貸して、見せもし写させもして、世にひろくせまほしきわざなるを、人には見せず、おのれひとり見て、ほこらむとするは、いといと心ぎたなく、物学ぶ人の有るまじきことなり。ただし得がたき書を、遠く便り悪しき国などへ貸し遣りたるに、あるいは道の程にてはふれうせ、あるいはその人にわかになくなりなどもして、遂にその書かえらずなる事有るは、いと心うきわざなり。されば遠きさかいよりかりたらむ書は、道のほどの事をもよくしたため、また人の命は、にわかなる事もはかりがたき物にし有れば、なからむ後にも、はふらさず、たしかに返すべく、おきて置くべきわざなり。すべて人の書を借りたらむには、すみやかに見て、返すべきわざなるを、久しくとどめ置くは、心無し。さるは書のみにも有らず、人に借りたる物は、何も何も同じ事なるうちに、いかなればにか、書はことに、用無く成りてのちも、なおざりに打ち捨て置きて、久しく返さぬ人の、世に多き物ぞかし。
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『玉勝間』六の巻 書うつし物書く事ふみを写すに、同じくだりのうち、或るはならべるくだりなどに、同じ詞の有る時は、見まがえて、そのあいだなる詞どもを、写し漏らす事、常によく有るわざなり。また一ひらと思いて、二ひら重ねてかえしては、その間の一ひらを、みながら落とすことも有り。これら常に心すべきわざなり。またよく似て、見まがえやすき文字などは、殊にまがうまじく、たしかに書くべきなり。これは写しがきのみにもあらず、おおかた物書くに、心得べき事ぞ。すべて物を書くは、事のこころをしめさむとてなれば、おうなおうな文字さだかにこそ書かまほしけれ。さるをひたすら、筆のいきおいを見せむとのみしたるは、いかなる事とも、読み解きがたきが、世に多かる、あじきなきわざなり。常に書きかわす、消息文なども、文字読みがたくては、云いやるすじ、ゆきとおらず、読む人はた苦しみて、かしらかたぶけつつ、かえさい読めども、ついに読み得ずなどしては、ここ読みがたしと、かえし問わんも、さすがに無体しきようなれば、ただおしはかりに心得ては、事たがいもするぞかし。
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『玉勝間』七の巻 物書くに心すべき事古は、かたえの人も、皆心明らかなりしかば、いかに書きても、読みたがうる事無かりしかばこそ有れ、今の世は、みずからこそ心得たらめ、かたえの人は、心得たらねば、ともすれば、読みたがえ、写しひがむるたぐいのみ多かれば、いかにももの書くには、心すべきわざぞと、おのれは思いとりてぞ在る。さればおのが癖にて、つねに物書くに、読みたがえやせん、写しひがめやせんとのみ、心するほどに、もとよりいといと拙き手をいとどしじかみて、かたわには有るなり。また古言などは、殊に人の読みたがえ、誤る事多きを、いかであやまらず、正しく読ましめんとする程に、さらでも有るべき所にも、度ごとに仮字づけしなどして、心高き人には、わらわるるを、みずからも且つは知りながら、しみつきたる癖は、世に離れがたきわざになん。
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『玉勝間』一の巻 又また心無き商人の手にてしたつるは、利をのみはかるから、ここかしこひそかにはぶきなどもして、物する程に、全く善き本はいとまれにのみ成り行くめり。さればたとい悪しくは有りとも、なおもろもろの書は、板にえり置かまほしきわざなり。殊に貞観儀式、西宮記、北山抄などのたぐい、そのほかも、古えのめでたき書どもの、なお写本のみにて有るが多きは、いかでいかで皆板にえりて、世にひろくなさまほしきわざなり。家々の記録ぶみなども、つぎつぎにえらまほし。今の世大名たちなどにも、ずいぶんに古書をようじ給う有れど、ただその家の蔵におさめて、あつめ置かるるのみにて、見る人も無く、ひろまらざれば、世のためには何のやく無く、有るかいも無し。もしまことに古書をめで給う心ざし有らば、斯かるめでたき御世のしるしに、大名たちなどは、その道の人に仰せて、あだし本どもをも読み合わせ、善きをえらばせて、板にえらせて、世にひろめ給わむは、よろづよりもめでたく、末の代までのいみしき功なるべし。
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『玉勝間』一の巻 又いきおい富める人の上にては、かばかりの費は、何ばかりの事にも有らで、そのいさおは、天の下の人のいみしきめぐみをこうぶりて、末の世まで残るわざぞかし。かえすがえすこころざし有らむ人もがな。
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『玉勝間』四の巻 前後と説のかはる事ただしまたみづからこそ、初めのをば悪ろしと思いて、改めつれ、またのちに人の見るには、なお初めのかたよろしくて、後のはなかなかに悪ろきも無きにあらざれば、とにかくにえらびは、見む人の心になむ。
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