玉勝間 / 一の巻 また
珍しき書を得たらむには、したしきもうときも、同じこころざしならむ人には、かたみにやすく借して、見せもし寫させもして、世にひろくせまほしきわざなるを、人には見せず、おのれひとり見て、ほこらむとするは、いといと心ぎたなく、物學ぶ人の有るまじきことなり。但し得がたき書を、遠く便り惡しき國などへ貸し遺りたるに、或るは道の程にてはふれうせ、或るは其人にはかになくなりなどもして、遂にその書かへらずなる事有るは、いと心うきわざなり。されば遠きさかひよりかりたらむ書は、道のほどの事をもよくしたため、又人の命は、にはかなる事もはかりがたき物にし有れば、なからむ後にも、はふらさず、たしかに返すべく、おきて置くべきわざなり。すべて人の書を借りたらむには、すみやかに見て、返すべきわざなるを、久しくとどめ置くは、心無し。さるは書のみにも有らず、人に借りたる物は、何も何も同じ事なるうちに、いかなればにか、書はことに、用無く成りてのちも、なほざりに打ち捨て置きて、久しく返さぬ人の、世に多き物ぞかし。
新字:珍しき書を得たらむには、したしきもうときも、同じこころざしならむ人には、かたみにやすく借して、見せもし写させもして、世にひろくせまほしきわざなるを、人には見せず、おのれひとり見て、ほこらむとするは、いといと心ぎたなく、物学ぶ人の有るまじきことなり。但し得がたき書を、遠く便り悪しき国などへ貸し遺りたるに、或るは道の程にてはふれうせ、或るは其人にはかになくなりなどもして、遂にその書かへらずなる事有るは、いと心うきわざなり。されば遠きさかひよりかりたらむ書は、道のほどの事をもよくしたため、又人の命は、にはかなる事もはかりがたき物にし有れば、なからむ後にも、はふらさず、たしかに返すべく、おきて置くべきわざなり。すべて人の書を借りたらむには、すみやかに見て、返すべきわざなるを、久しくとどめ置くは、心無し。さるは書のみにも有らず、人に借りたる物は、何も何も同じ事なるうちに、いかなればにか、書はことに、用無く成りてのちも、なほざりに打ち捨て置きて、久しく返さぬ人の、世に多き物ぞかし。
書き下し
珍しき書を得たらむには、したしきもうときも、同じこころざしならむ人には、かたみにやすく貸して、見せもし写させもして、世にひろくせまほしきわざなるを、人には見せず、おのれひとり見て、ほこらむとするは、いといと心ぎたなく、物学ぶ人の有るまじきことなり。ただし得がたき書を、遠く便り悪しき国などへ貸し遣りたるに、あるいは道の程にてはふれうせ、あるいはその人にわかになくなりなどもして、遂にその書かえらずなる事有るは、いと心うきわざなり。されば遠きさかいよりかりたらむ書は、道のほどの事をもよくしたため、また人の命は、にわかなる事もはかりがたき物にし有れば、なからむ後にも、はふらさず、たしかに返すべく、おきて置くべきわざなり。すべて人の書を借りたらむには、すみやかに見て、返すべきわざなるを、久しくとどめ置くは、心無し。さるは書のみにも有らず、人に借りたる物は、何も何も同じ事なるうちに、いかなればにか、書はことに、用無く成りてのちも、なおざりに打ち捨て置きて、久しく返さぬ人の、世に多き物ぞかし。
現代語訳
珍しい書物を手に入れたならば、親しい人にも疎い人にも、同じ志を持つ人には互いに気安く貸して、見せもし写させもして、世に広めたいものなのに、人には見せず、自分ひとりで見て誇ろうとするのは、実に心が汚く、学問をする人にあってはならないことである。ただし、得がたい書物を遠く便りの悪い国などへ貸し送ったところ、あるいは道中で失われ、あるいはその人が急に亡くなったりして、とうとうその書物が返ってこなくなることがあるのは、たいへんつらいことである。だから遠い土地から借りた書物は、道中のこともよく手配し、また人の命は急なこともはかりがたいものだから、自分が亡くなった後にも散らさず確かに返すように、取り決めておくべきである。すべて人の書物を借りたならば、速やかに読んで返すべきなのに、長く留め置くのは心ないことだ。それは書物に限らず、人に借りた物はみな同じことだが、どういうわけか書物はことに、用がなくなった後もいい加減に放っておいて、長く返さない人が世に多いものである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』一の巻 また人に借りたる本に、すでに読みたるさかいに、折りめつくるは、いと心無きしわざなり。本に折りめつけたるは、なおる世無き物ぞかし。
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『玉勝間』六の巻 書うつし物書く事ふみを写すに、同じくだりのうち、或るはならべるくだりなどに、同じ詞の有る時は、見まがえて、そのあいだなる詞どもを、写し漏らす事、常によく有るわざなり。また一ひらと思いて、二ひら重ねてかえしては、その間の一ひらを、みながら落とすことも有り。これら常に心すべきわざなり。またよく似て、見まがえやすき文字などは、殊にまがうまじく、たしかに書くべきなり。これは写しがきのみにもあらず、おおかた物書くに、心得べき事ぞ。すべて物を書くは、事のこころをしめさむとてなれば、おうなおうな文字さだかにこそ書かまほしけれ。さるをひたすら、筆のいきおいを見せむとのみしたるは、いかなる事とも、読み解きがたきが、世に多かる、あじきなきわざなり。常に書きかわす、消息文なども、文字読みがたくては、云いやるすじ、ゆきとおらず、読む人はた苦しみて、かしらかたぶけつつ、かえさい読めども、ついに読み得ずなどしては、ここ読みがたしと、かえし問わんも、さすがに無体しきようなれば、ただおしはかりに心得ては、事たがいもするぞかし。
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『玉勝間』一の巻 又また心無き商人の手にてしたつるは、利をのみはかるから、ここかしこひそかにはぶきなどもして、物する程に、全く善き本はいとまれにのみ成り行くめり。さればたとい悪しくは有りとも、なおもろもろの書は、板にえり置かまほしきわざなり。殊に貞観儀式、西宮記、北山抄などのたぐい、そのほかも、古えのめでたき書どもの、なお写本のみにて有るが多きは、いかでいかで皆板にえりて、世にひろくなさまほしきわざなり。家々の記録ぶみなども、つぎつぎにえらまほし。今の世大名たちなどにも、ずいぶんに古書をようじ給う有れど、ただその家の蔵におさめて、あつめ置かるるのみにて、見る人も無く、ひろまらざれば、世のためには何のやく無く、有るかいも無し。もしまことに古書をめで給う心ざし有らば、斯かるめでたき御世のしるしに、大名たちなどは、その道の人に仰せて、あだし本どもをも読み合わせ、善きをえらばせて、板にえらせて、世にひろめ給わむは、よろづよりもめでたく、末の代までのいみしき功なるべし。
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『玉勝間』七の巻 物書くに心すべき事古は、かたえの人も、皆心明らかなりしかば、いかに書きても、読みたがうる事無かりしかばこそ有れ、今の世は、みずからこそ心得たらめ、かたえの人は、心得たらねば、ともすれば、読みたがえ、写しひがむるたぐいのみ多かれば、いかにももの書くには、心すべきわざぞと、おのれは思いとりてぞ在る。さればおのが癖にて、つねに物書くに、読みたがえやせん、写しひがめやせんとのみ、心するほどに、もとよりいといと拙き手をいとどしじかみて、かたわには有るなり。また古言などは、殊に人の読みたがえ、誤る事多きを、いかであやまらず、正しく読ましめんとする程に、さらでも有るべき所にも、度ごとに仮字づけしなどして、心高き人には、わらわるるを、みずからも且つは知りながら、しみつきたる癖は、世に離れがたきわざになん。
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『玉勝間』一の巻 もろこしぶみをも読むべき事から国の書をも、いとまのひまには、ずいぶんに見るぞ善き。漢籍も見ざれば、その外国のふりの悪しき事も知られず。また古書はみな漢文もて書きたれば、かの国ぶりの文も知らでは、学問もことゆきがたければなり。かの国ぶりの、よろづに悪しき事をよくさとりて、皇国だましいだに強くして、動かざれば、夜ひるからぶみを見ても、心は迷う事無し。然れども、かの国ぶりとして、人の心さかしく、何事をも理を尽くしたるように、こまかに論い、よさまに説きなせる故に、それを見れば、かしこき人も、おのづから心うつり易く、まどい易きならいなれば、から書見むには、つねにこのことを忘るまじきなり。
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『玉勝間』一の巻 又いきおい富める人の上にては、かばかりの費は、何ばかりの事にも有らで、そのいさおは、天の下の人のいみしきめぐみをこうぶりて、末の世まで残るわざぞかし。かえすがえすこころざし有らむ人もがな。
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