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退食閑話 / 道は大路のごとし

後世は學問も士庶にくだりて、道を論ずるにも、一身の上のみに目をつけて、己が心性を治むるばかりを道とおもへども、古の道は記中にも載給へる如く、道は天地の大經にして、天地あれば自然に人倫備り、人倫あれば自然に五典の道備れり、故に父子あれば親あり、君臣あれば義あり、是皆天下の大道正路にして、一人の私言にあらず、聖賢上にあれば政敎を施して道を天下に行ひ、下にあれば言を立て材を育して道を後世に傳ふ、道は大路の如し、衆人の往來する所は自然に道路をなす、道を弘むるとは自然の道路に隨て旗亭をたて、廬舍を設け、擔夫駄馬を置、四海の隈までも往反滯る事なからしむるごとくに、ひろく天下の人をして人倫の大道に由らしむるをいふ、是皆人力のなす所なれば、聖人も人能弘道とは仰せられたるなり、今弘道館をば設け給ふにも、天地自然に備りたる大道明らかにして、衆人の往反滯る事なく、多岐に迷ふ事なからしめむと志し給ふは、即ち人能弘道の義なるべし、大道既に明らかにして、士民皆むかふ所を知り、曲學不經に迷はざる時は、人人自から己が性を盡さむ事も、各才德の長短によりて、其人の長ずる所を成就する事を得べきかと存じ候なり、

新字:後世は学問も士庶にくだりて、道を論ずるにも、一身の上のみに目をつけて、己が心性を治むるばかりを道とおもへども、古の道は記中にも載給へる如く、道は天地の大経にして、天地あれば自然に人倫備り、人倫あれば自然に五典の道備れり、故に父子あれば親あり、君臣あれば義あり、是皆天下の大道正路にして、一人の私言にあらず、聖賢上にあれば政教を施して道を天下に行ひ、下にあれば言を立て材を育して道を後世に伝ふ、道は大路の如し、衆人の往来する所は自然に道路をなす、道を弘むるとは自然の道路に随て旗亭をたて、廬舎を設け、担夫駄馬を置、四海の隈までも往反滞る事なからしむるごとくに、ひろく天下の人をして人倫の大道に由らしむるをいふ、是皆人力のなす所なれば、聖人も人能弘道とは仰せられたるなり、今弘道館をば設け給ふにも、天地自然に備りたる大道明らかにして、衆人の往反滞る事なく、多岐に迷ふ事なからしめむと志し給ふは、即ち人能弘道の義なるべし、大道既に明らかにして、士民皆むかふ所を知り、曲学不経に迷はざる時は、人人自から己が性を尽さむ事も、各才徳の長短によりて、其人の長ずる所を成就する事を得べきかと存じ候なり、

書き下し

後世は學問も士庶にくだりて、道を論ずるにも、一身の上のみに目をつけて、己が心性を治むるばかりを道とおもへども、古の道は記中にも載給へる如く、道は天地の大經にして、天地あれば自然に人倫備り、人倫あれば自然に五典の道備れり、故に父子あれば親あり、君臣あれば義あり、是皆天下の大道正路にして、一人の私言にあらず、聖賢上にあれば政敎を施して道を天下に行ひ、下にあれば言を立て材を育して道を後世に傳ふ、道は大路の如し、衆人の往來する所は自然に道路をなす、道を弘むるとは自然の道路に隨て旗亭をたて、廬舍を設け、擔夫駄馬を置、四海の隈までも往反滯る事なからしむるごとくに、ひろく天下の人をして人倫の大道に由らしむるをいふ、是皆人力のなす所なれば、聖人も人能く道を弘むとは仰せられたるなり、今弘道館をば設け給ふにも、天地自然に備りたる大道明らかにして、衆人の往反滯る事なく、多岐に迷ふ事なからしめむと志し給ふは、即ち人能く道を弘むの義なるべし、大道既に明らかにして、士民皆むかふ所を知り、曲學不經に迷はざる時は、人人自から己が性を盡さむ事も、各才德の長短によりて、其人の長ずる所を成就する事を得べきかと存じ候なり、

現代語訳

後世は学問も士や庶民の間に下り、道を論じるにも自分一身の上ばかりを見て、自分の心性を治めることだけを道と思っていますが、古の道は記の中にも載せてあるとおり、天地の大きな常道であり、天地があれば自然に人の道が備わり、人の道があれば自然に五典の道が備わります。ゆえに父子があれば親しみがあり、君臣があれば義があります。これらはみな天下の大道・正路であって、一人の私的な言葉ではありません。聖賢が上にあれば政治と教化を施して道を天下に行い、下にあれば言葉を立て人材を育てて道を後世に伝えます。道は大路のようなものです。多くの人が行き来するところは自然に道路になります。道を弘めるとは、その自然の道路に沿って旅籠を建て、宿舎を設け、荷担ぎや駄馬を置き、四海の果てまで往来が滞らないようにするように、広く天下の人を人倫の大道に従わせることをいいます。これはみな人の力でなすことですから、聖人も「人能く道を弘む」と仰ったのです。いま弘道館を設けられたのも、天地自然に備わった大道を明らかにし、人々の往来が滞らず、多くの分かれ道に迷わないようにしようとの志であり、まさに「人能く道を弘む」の意味でしょう。大道がすでに明らかで、士も民もみな向かうところを知り、曲がった学問や常道に外れた説に迷わなければ、人々が自ら己の性を尽くすことも、それぞれの才徳の長短に応じて、その人の得意とするところを成し遂げられるかと存じます。

解説

道を大路にたとえ、聖賢は政治と教えで道を広め、旅籠や宿舎、荷役を整えて往来を滞らせないように人々を導く、と説く箇所です。弘道館は、迷わず進める大道を明らかにし、才徳に応じて人材を伸ばす場として位置づけられます。自分の心性だけを道とみる後世の風潮への批判も含まれます。現代の組織でも、価値観や判断基準を示すだけでなく、迷わず歩ける環境や手段を整えるのが上に立つ者の役目です。基準を明確にしつつ、人それぞれの長所が伸びる余地を残すことが肝要です。

この章句が説くこと

大道五典人倫聖賢弘道館人材育成

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