武家家訓集 / 朝倉敏景十七箇条第五条
一從京都四座之猿樂等切々呼下、見物被好間敷候、其價を以、國の猿樂之內、器用ならん者を上、仕舞をも被爲習候者、末々まで可爲嘉樂事、
新字:一従京都四座之猿楽等切々呼下、見物被好間敷候、其価を以、国の猿楽之内、器用ならん者を上、仕舞をも被為習候者、末々まで可為嘉楽事、
書き下し
一、京都四座の猿樂等を切々呼び下し、見物を好まるまじく候。其の價を以て、國の猿樂の内、器用ならん者を上げ、仕舞をも習はせられ候はば、末々まで嘉樂たるべき事、
現代語訳
京都の四座の猿楽などをたびたび呼び下して、見物を好んではならない。その費用で、国内の猿楽の者のうち器用な者を引き上げ、仕舞も習わせたならば、末々の者まで楽しみとなるだろう。
解説
第五条は、京都から猿楽の一座をたびたび呼び寄せて見物に費やすことを戒めます。かわりに、同じ費用で国内の猿楽から腕のある者を引き上げ、仕舞を習わせれば、末々の者まで楽しめると述べます。外から高く招く娯楽より、地元の人材を育てるほうが長く効くという考え方です。第四条と同じく、見栄に出る支出を自前の力に変える発想が通っています。企業でも、外部の有名講師やコンサルタントに頼るより、社内の人を育てて登用する費用配分のほうが、組織に残るものが大きい場合があります。研修や接待の予算を、誰の力になる支出かで見直す手がかりになります。
この章句が説くこと
人材育成内製化倹約猿楽研修投資武家家訓集
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