驢鞍橋 / 卷上
其夜半に左右の者に向て曰、此寺の宗元は如何程志付きたるや心元なし。かいもく無道心の者はせんず樣なし。少しなりとも志有る者には、無理にも佛法すり付けたく思ふ也。中々胸の中に入つてなりとも起させたく思ふ也。
新字:其夜半に左右の者に向て曰、此寺の宗元は如何程志付きたるや心元なし。かいもく無道心の者はせんず様なし。少しなりとも志有る者には、無理にも仏法すり付けたく思ふ也。中々胸の中に入つてなりとも起させたく思ふ也。
書き下し
其夜半に左右の者に向て曰、此寺の宗元は如何程志付きたるや心元なし。かいもく無道心の者はせんず様なし。少しなりとも志有る者には、無理にも仏法すり付けたく思ふ也。中々胸の中に入つてなりとも起させたく思ふ也。
現代語訳
その夜半、左右の者に向かって言われた。この寺の宗元は、どれほど志がついたか心もとない。まったく道心のない者はどうしようもない。少しでも志のある者には、無理にでも仏法をすりつけたいと思う。なかなか、胸の中に入ってでも、志を起こさせたいと思うのである、と。
解説
百姓たちに説法したその夜、正三は、寺の僧の宗元の志を気にかけてつぶやく。道心のまったくない者はどうしようもないが、少しでも志のある者には、胸の中に入り込んででも仏法をすりつけたい、と。昼の説法の熱がそのまま夜まで続いている。わずかでも可能性のある人を見れば、何としても育てたいと願う。人を育てる者の情熱が、率直な独り言として記録されている、心打たれる短い条である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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