駿台雑話 / 大敵外になし三
かくあらねば其事輕し、その事輕ければ其信深からず、其信深からねば、其人の益に成がたし、亦誠意懇到を見るべし、掃部頭學術のありし沙汰もきかねども、おのづから聖賢の敎に叶へるこそ極めて殊勝の事といふべし、我朝武家の代になりて五百年以來、世に是等の人あり是等の事あるをきかず、しかしながら祖宗德澤仁厚なるが所致なり、これによりて謹て考るに、御當家天下をしろしめして、仁政四海に廣被せしより、歷代殘殺の風變じて、太平禮義の俗となりしが、寬永明曆の間に至て、在廷の諸公運に應じて出て、承化輔治しかば、其澤日に隆洽なりしぞかし、今其人がらを聞に、いづれも篤實簡單寬厚の長者也、其政を謀るには虛文を抑へ事實をつとめ、人を取には材辨を退け實行をすゝむ、近世智巧を尚ぶの風より見れば、其拙きに似たれども、凡百の有司いづれも廉靜寡欲なりしかば、各守身恭職して、時勢に阿らず、身計をなさゞりき、是によりて庶政あがり、百事熙まり、たゞ此時を別して盛なりとす、勿論時運のしからしむるといひながら其いはれなきにあらず、然るに篤實の士は謹厚にして用にうとく、材智の士は、敏捷にして事にさとし、
新字:かくあらねば其事軽し、その事軽ければ其信深からず、其信深からねば、其人の益に成がたし、亦誠意懇到を見るべし、掃部頭学術のありし沙汰もきかねども、おのづから聖賢の教に叶へるこそ極めて殊勝の事といふべし、我朝武家の代になりて五百年以来、世に是等の人あり是等の事あるをきかず、しかしながら祖宗徳沢仁厚なるが所致なり、これによりて謹て考るに、御当家天下をしろしめして、仁政四海に広被せしより、歴代残殺の風変じて、太平礼義の俗となりしが、寛永明暦の間に至て、在廷の諸公運に応じて出て、承化輔治しかば、其沢日に隆洽なりしぞかし、今其人がらを聞に、いづれも篤実簡単寛厚の長者也、其政を謀るには虚文を抑へ事実をつとめ、人を取には材弁を退け実行をすゝむ、近世智巧を尚ぶの風より見れば、其拙きに似たれども、凡百の有司いづれも廉静寡欲なりしかば、各守身恭職して、時勢に阿らず、身計をなさゞりき、是によりて庶政あがり、百事熙まり、たゞ此時を別して盛なりとす、勿論時運のしからしむるといひながら其いはれなきにあらず、然るに篤実の士は謹厚にして用にうとく、材智の士は、敏捷にして事にさとし、
書き下し
かくあらねば其事輕し、その事輕ければ其信深からず、其信深からねば、其人の益に成がたし、亦誠意懇到を見るべし、掃部頭學術のありし沙汰もきかねども、おのづから聖賢の敎に叶へるこそ極めて殊勝の事といふべし、我朝武家の代になりて五百年以來、世に是等の人あり是等の事あるをきかず、しかしながら祖宗德澤仁厚なるが所致なり、これによりて謹て考るに、御當家天下をしろしめして、仁政四海に廣被せしより、歷代殘殺の風變じて、太平禮義の俗となりしが、寬永明曆の間に至て、在廷の諸公運に應じて出て、承化輔治しかば、其澤日に隆洽なりしぞかし、今其人がらを聞に、いづれも篤實簡單寬厚の長者也、其政を謀るには虛文を抑へ事實をつとめ、人を取には材辨を退け實行をすゝむ、近世智巧を尚ぶの風より見れば、其拙きに似たれども、凡百の有司いづれも廉靜寡欲なりしかば、各守身恭職して、時勢に阿らず、身計をなさゞりき、是によりて庶政あがり、百事熙まり、たゞ此時を別して盛なりとす、勿論時運のしからしむるといひながら其いはれなきにあらず、然るに篤實の士は謹厚にして用にうとく、材智の士は、敏捷にして事にさとし、
現代語訳
そうでなければ、その事は軽くなります。その事が軽ければ、その信は深くなりません。その信が深くなければ、その人の益になりがたいのです。ここにも誠意の懇ろさを見るべきです。掃部頭に学術があったという話は聞きませんが、おのずから聖賢の教えに叶っているのは、きわめて殊勝なことというべきです。わが国で武家の世になって五百年このかた、世にこのような人、このような事があったとは聞きません。しかしこれは、祖宗の徳沢が仁厚であるためです。そこで謹んで考えるに、御当家が天下を治め、仁政が四海に広がってから、歴代の殺伐の風は変わって、太平礼義の俗となりましたが、寛永・明暦の間に至って、朝廷に並ぶ諸公が時運に応じて出て、教化を承け治世を補佐したので、その恩沢は日々に盛んになりました。今その人柄を聞くと、いずれも篤実・簡単・寛厚の長者です。政を謀るには虚文を抑えて事実に努め、人を取るには才弁を退けて実行を勧めました。近ごろ智巧を尚ぶ風から見れば、その拙さに似ていますが、もろもろの有司はみな廉潔で静かで寡欲であったので、それぞれ身を守り職に恭しく、時勢に阿らず、私利を図りませんでした。そのため庶政が挙がり、百事が興って、ただこの時を特に盛んとします。もちろん時運のしからしめるところとはいえ、そのわけがないではありません。ところが篤実の士は慎み深く厚いのですが用に疎く、才智の士は敏捷で事に明るいものです。
解説
この章句が説くこと
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