駿台雑話 / 兵は詭道四
先年人のいひしは、ある兵家の説とて、孫子の兵者詭道なりとあるを、兵は詭るも道なりとよむべし、兵は詭道なりとはよむべからずとぞ、翁きゝて一笑を發しき、是は兵を詭道といふを嫌て、兵はもと正道なれども、時としてはいつはるも道なりといふにやあらん、詭字は詐僞の二字と倭訓同じけれども、字義に差別あり、たゞ眞手になく、營格をたがへたる道を詭道とはいふなり、されば孫子も能而示之不能用而示之不用といはずや、よくしてよくすと見せ、用て用ると見せては、いかで敵を料り勝ことを制すべき、よりて兵は眞手になく、常法に引ちがへて行ふ道なりといふべし、すぐに詐僞の道とはいふべからず、然共此筋を今日の常に出せば、詭遇して獲禽の心になりて、やがて詐僞に陷るべし、そこを孫武さすがの明者にて慥に見つけし程に、十三篇の初におゐて兵は詭道なりとはいひしぞかし、詭道なれば常道にあらず、常道にあらずしていかで國家を治るの道とすべき、况や當代の兵家に相傳るは、皆兵の末事なるをや、或は城とり、或は軍のそなへ、又は古戰の跡を僉議する迄にて、孫子の書をよむ人稀なり、たま〱よむ人ありても、文字にくらき故に詭道二字の義にさへ通ぜず、何とて孫子のふかき意を得べきや、さるによりて其説を聞に、多くは臆見に出て相違したる事也、無知妄作といふべし
新字:先年人のいひしは、ある兵家の説とて、孫子の兵者詭道なりとあるを、兵は詭るも道なりとよむべし、兵は詭道なりとはよむべからずとぞ、翁きゝて一笑を発しき、是は兵を詭道といふを嫌て、兵はもと正道なれども、時としてはいつはるも道なりといふにやあらん、詭字は詐偽の二字と倭訓同じけれども、字義に差別あり、たゞ真手になく、営格をたがへたる道を詭道とはいふなり、されば孫子も能而示之不能用而示之不用といはずや、よくしてよくすと見せ、用て用ると見せては、いかで敵を料り勝ことを制すべき、よりて兵は真手になく、常法に引ちがへて行ふ道なりといふべし、すぐに詐偽の道とはいふべからず、然共此筋を今日の常に出せば、詭遇して獲禽の心になりて、やがて詐偽に陥るべし、そこを孫武さすがの明者にて慥に見つけし程に、十三篇の初におゐて兵は詭道なりとはいひしぞかし、詭道なれば常道にあらず、常道にあらずしていかで国家を治るの道とすべき、況や当代の兵家に相伝るは、皆兵の末事なるをや、或は城とり、或は軍のそなへ、又は古戦の跡を僉議する迄にて、孫子の書をよむ人稀なり、たま〱よむ人ありても、文字にくらき故に詭道二字の義にさへ通ぜず、何とて孫子のふかき意を得べきや、さるによりて其説を聞に、多くは臆見に出て相違したる事也、無知妄作といふべし
書き下し
先年人のいひしは、ある兵家の説とて、孫子の兵者詭道なりとあるを、兵は詭るも道なりとよむべし、兵は詭道なりとはよむべからずとぞ、翁きゝて一笑を發しき、是は兵を詭道といふを嫌て、兵はもと正道なれども、時としてはいつはるも道なりといふにやあらん、詭字は詐僞の二字と倭訓同じけれども、字義に差別あり、たゞ眞手になく、營格をたがへたる道を詭道とはいふなり、されば孫子も能而示之不能用而示之不用といはずや、よくしてよくすと見せ、用て用ると見せては、いかで敵を料り勝ことを制すべき、よりて兵は眞手になく、常法に引ちがへて行ふ道なりといふべし、すぐに詐僞の道とはいふべからず、然共此筋を今日の常に出せば、詭遇して獲禽の心になりて、やがて詐僞に陷るべし、そこを孫武さすがの明者にて慥に見つけし程に、十三篇の初におゐて兵は詭道なりとはいひしぞかし、詭道なれば常道にあらず、常道にあらずしていかで國家を治るの道とすべき、况や當代の兵家に相傳るは、皆兵の末事なるをや、或は城とり、或は軍のそなへ、又は古戰の跡を僉議する迄にて、孫子の書をよむ人稀なり、たま〱よむ人ありても、文字にくらき故に詭道二字の義にさへ通ぜず、何とて孫子のふかき意を得べきや、さるによりて其説を聞に、多くは臆見に出て相違したる事也、無知妄作といふべし
現代語訳
先年、ある人が言うには、ある兵家の説として、孫子の「兵者詭道なり」は、「兵は詭るも道なり」と読むべきで、「兵は詭道なり」と読んではならない、とのことでした。翁は聞いて一笑しました。これは、兵を詭道と言うのを嫌って、兵はもと正道だが、時には偽るのも道だという意味でしょうか。詭の字は詐偽の二字と和訓は同じですが、字義には区別があり、ただ正面からでなく、規格を違えた道を詭道と言うのです。だから孫子も「能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示す」と言っているではありませんか。できてもできると見せ、用いても用いていると見せては、どうして敵をはかり勝ちを制せましょう。それゆえ、兵は正面からでなく、常法と引き違えて行う道だと言うべきで、すぐに詐偽の道とは言えません。しかしこの筋を今日の日常に持ち出せば、詭遇して獲物を得る心になって、やがて詐偽に陥るでしょう。そこを孫武はさすがの明者で、確かに見抜いたので、十三篇の初めに「兵は詭道なり」と言ったのです。詭道であれば常道ではありません。常道でなくて、どうして国家を治める道とできるでしょう。まして当代の兵家に相伝されるのは、みな兵の末事です。城取り、軍の備え、あるいは古戦の跡を詮議するまでで、孫子の書を読む人は稀です。たまたま読む人がいても、文字に暗いので詭道二字の義にさえ通じません。どうして孫子の深い意を得られましょう。そのため、その説を聞くと、多くは臆見から出た間違いです。無知の妄作というべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・行軍篇兵怒りて相迎え、久しくして合わず、又相去らざるは、必ず謹んでこれを察すべし。
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孫子・始計篇能くしてこれを不能と示し、用いてこれを不用と示し、近くしてこれを遠しと示し、遠くしてこれを近しと示す。
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孫子・始計篇兵とは詭道なり。
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孫子・始計篇利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓し、卑にしてこれを驕らしめ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す。
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孫子・行軍篇敵近くして静かなる者は、其の険を恃むなり。遠くして戦いを挑む者は、人の進むを欲するなり。其の居る所の易なる者は、利あればなり。
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李衛公問対・卷下然り而して田単燕の囲む所と為る。単一人に命じて神と為し、拝して之を祠る。神言ふ、『燕破るべし』と。単是に於いて火牛を以て出でて燕を撃ち、大いに之を破る。此れ是れ兵家の詭道なり。天官・時日も亦猶ほ此のごとし。」太宗曰く、「田単は神怪に託して燕を破り、太公は蓍亀を焚きて紂を滅ぼす。二事相反す、何ぞや。」靖曰く、「其の機は一なり。或いは逆らひて之を取り、或いは順ひて之を行ふ是れなり。昔太公武王を佐け、牧野に至り、雷雨に遇ひ、旗鼓毀折す。散宜生卜して吉にして後に行かんと欲す。此れ則ち軍中の疑懼に因りて、必ず卜を仮りて以て神に問ふなり。太公以為(おもへ)らく腐草枯骨問ふに足る無しと。且つ臣を以て君を伐つ、豈に再びすべけんや。然れども散宜生の機を前に発し、太公の機を後に成すを観るに、逆順異なると雖も、其の理致は則ち同じ。臣前に所謂術数廃すべからずとは、蓋し其の機を未だ萌さざるに存するなり。其の成功に及んでは、人事に在るのみ。」太宗曰く、「当今の将帥は、唯だ李勣・道宗・薛万徹のみ。道宗の親属を以てするを除くの外、孰か大用に堪へん。」靖曰く、「陛下嘗て言ふ、勣・道宗の兵を用ふるは、大いに勝たず亦大いに敗れず、万徹は若し大いに勝たずんば即ち須(すべから)く大いに敗るべしと。臣愚かにも聖言を思ふに、大勝を求めず亦大敗せざる者は、節制の兵なり。或いは大いに勝ち或いは大いに敗るる者は、幸ひにして功を成す者なり。故に孫武云ふ、
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