孫子 / 始計篇
故能而示之不能,用而示之不用,近而示之遠,遠而示之近。
書き下し
能くしてこれを不能と示し、用いてこれを不用と示し、近くしてこれを遠しと示し、遠くしてこれを近しと示す。
現代語訳
だから、有能でありながら無能を装い、動く気がありながら動かないふりをし、近くに迫っていながら遠くにいると見せかけ、遠くにいながらすぐ近くにいると思わせる。すべては敵に、こちらの実像を正しくつかませないためである。
解説
「兵とは詭道なり(戦いとは、あざむき合いである)」を受けて、その具体的な手口を挙げた、孫子でも指折りに有名な一節です。できるのにできないふりをし、やる気があるのにないように見せ、距離を実際と逆に思わせる——要は、相手に「こちらの実像」を正しくつかませないことが戦いの基本だと説きます。これは卑怯さの勧めではなく、手の内を読まれた側が不利になるという現実を突いた教えです。ビジネスでも、開発の進み具合や参入の時機、こちらの本気度を競合にすべて正確に読まれれば、先回りされてしまいます。真の意図や強みを不用意にさらさず、相手の予測をあえて外す。情報を制する者が主導権を握るという原則が、ここに凝縮されています。
この章句が説くこと
詭道情報戦欺瞞主導権
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孫子・始計篇兵とは詭道なり。
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