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駿台雑話 / 兵法の大事一

後日諸客來會しけるに、例の講はてゝ、翁いひけるは、各日比武田流の兵法を講ぜらるゝ、よしきゝ侍る、前日申せし信繁の敵近くならば人數をあらくつかふべしといはれしは、いかく輕き事のやうなれども、尤用兵の要を得たり、信繁も是にて毎度利を得て簡要の事と思はるればこそかく子息へもいひ傳へられけめ、此序に兵法の事をあら〱語り侍るべし、翁日ごろ兵書を考へ見るに兵術の要は孫武が十三篇にあり、十三篇の要は軍形兵勢の二篇にあり、おほよそ用兵の法は、形勢のふたつに過べからず、しばらく常語にていはゞ軍形は軍のかた、又は軍のもやうといはんかし、兵勢は兵のきをひ、又は兵の調子といはんかし、軍形は行師の法にして、兵勢は合戰の法なり、軍形は行師の法といふは、今僅百ばかりの人數とても廻して見給へ、それさへ末々迄は下知とゞかぬ物ぞかし、まいて三軍の師をまはすに、時に當ての下知ばかりにしては、いかで自由に廻るべき、たゞ將師たる人成算より割出して、軍伍を定め、手分を定め、約束を定め、其外の事迄分段を明かにして、人數を一定の形にはめて師をやれば、三軍ひとつもやうになりて、なにの造作もなく廻るべし、

新字:後日諸客来会しけるに、例の講はてゝ、翁いひけるは、各日比武田流の兵法を講ぜらるゝ、よしきゝ侍る、前日申せし信繁の敵近くならば人数をあらくつかふべしといはれしは、いかく軽き事のやうなれども、尤用兵の要を得たり、信繁も是にて毎度利を得て簡要の事と思はるればこそかく子息へもいひ伝へられけめ、此序に兵法の事をあら〱語り侍るべし、翁日ごろ兵書を考へ見るに兵術の要は孫武が十三篇にあり、十三篇の要は軍形兵勢の二篇にあり、おほよそ用兵の法は、形勢のふたつに過べからず、しばらく常語にていはゞ軍形は軍のかた、又は軍のもやうといはんかし、兵勢は兵のきをひ、又は兵の調子といはんかし、軍形は行師の法にして、兵勢は合戦の法なり、軍形は行師の法といふは、今僅百ばかりの人数とても廻して見給へ、それさへ末々迄は下知とゞかぬ物ぞかし、まいて三軍の師をまはすに、時に当ての下知ばかりにしては、いかで自由に廻るべき、たゞ将師たる人成算より割出して、軍伍を定め、手分を定め、約束を定め、其外の事迄分段を明かにして、人数を一定の形にはめて師をやれば、三軍ひとつもやうになりて、なにの造作もなく廻るべし、

書き下し

後日諸客來會しけるに、例の講はてゝ、翁いひけるは、各日比武田流の兵法を講ぜらるゝ、よしきゝ侍る、前日申せし信繁の敵近くならば人數をあらくつかふべしといはれしは、いかく輕き事のやうなれども、尤用兵の要を得たり、信繁も是にて毎度利を得て簡要の事と思はるればこそかく子息へもいひ傳へられけめ、此序に兵法の事をあら〱語り侍るべし、翁日ごろ兵書を考へ見るに兵術の要は孫武が十三篇にあり、十三篇の要は軍形兵勢の二篇にあり、おほよそ用兵の法は、形勢のふたつに過べからず、しばらく常語にていはゞ軍形は軍のかた、又は軍のもやうといはんかし、兵勢は兵のきをひ、又は兵の調子といはんかし、軍形は行師の法にして、兵勢は合戰の法なり、軍形は行師の法といふは、今僅百ばかりの人數とても廻して見給へ、それさへ末々迄は下知とゞかぬ物ぞかし、まいて三軍の師をまはすに、時に當ての下知ばかりにしては、いかで自由に廻るべき、たゞ將師たる人成算より割出して、軍伍を定め、手分を定め、約束を定め、其外の事迄分段を明かにして、人數を一定の形にはめて師をやれば、三軍ひとつもやうになりて、なにの造作もなく廻るべし、

現代語訳

後日、諸客が集まったので、いつもの講義が終わったあと、翁は言いました。皆さんは日ごろ武田流の兵法を講じておられるとのこと、聞いています。先日申した、信繁が「敵が近くなれば人数を荒く使え」と言われたのは、いかにも軽いことのようですが、まことに用兵の要を得ています。信繁もこれで毎度利を得て、簡要の事と思われたからこそ、このように子息にも言い伝えられたのでしょう。ついでに兵法のことをおおよそ語りましょう。翁が日ごろ兵書を考えてみるに、兵術の要は孫武の十三篇にあり、十三篇の要は軍形・兵勢の二篇にあります。およそ用兵の法は、形と勢の二つを出ません。しばらく普通の言葉でいえば、軍形は軍の型、または軍の模様といいましょう。兵勢は兵の勢い、または兵の調子といいましょう。軍形は軍を行かせる法で、兵勢は合戦の法です。軍形が軍を行かせる法というのは、わずか百人ばかりの人数でも動かしてごらんなさい、それでさえ末端まで指図は届かないものです。まして三軍の師を動かす時に、その場の指図だけでどうして自由に動かせましょう。ただ将たる人が、成算から割り出して、軍の隊伍を定め、手分けを定め、取り決めを定め、そのほかのことまで区分を明らかにし、人数を一定の形にはめて軍を進めれば、三軍は一つの模様となって、なんの造作もなく動くでしょう。

解説

この段から、翁は信繁の言葉を足がかりに、孫子の兵法の要である軍形と兵勢を語り始めます。軍形は軍を動かす型、兵勢は合戦のときの勢いと、翁は砕いた言葉で言い換えています。百人でさえ末端まで指図が届かないという例えは、大きな組織が指示だけでは動かないことを言っています。将が事前に隊伍・手分け・取り決めを定めておけば、三軍も手間なく動くという理屈です。ここでの兵書は孫武の十三篇で、翁は日ごろ考えてきたと述べています。現代の管理職に引き寄せれば、役割分担と約束事の整備が、個別の指示より先にあるべきだという話になります。この段は文の途中で終わり、続きは次の段に続きます。

この章句が説くこと

軍形兵勢孫子信繁組織設計駿台雑話

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