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駿台雑話 / 士の節義二

父ながら朝敵となりたる人なれば、是を救ふ事叶ひがたし、それに鎌田正清などいふ無慙の輩、いろ〱拵へていひけるまゝ、あへなく是を殺してけり、彼二子はかやうの塲に至ては、たとひ身命を果しても覺悟をたがふる事あるまじさなり、義朝さしも源家の名將と聞ゆれども、勇氣ばかりにて、義理にくらく、志節なき故に是ほどの理非にまよひたり、いかゞして長田忠宗がおのれをころすをとがむべき、但此事は北畠親房の神皇正統記の論正しうして、最理に當れり、此事の斷案ともいふべし、正統記にいへるは、義朝父のくびをきらせたりし事、大なるとがなり、古今にもきかず、倭漢にも例なし、勳功の賞に申替るとも、自から退くとも、などか父を申たすくる道なかるべき、名行かけはてにければ、いかでかつひに其身をまたくすべき、程なく滅びぬる事は天理なり、およそかゝる事は、其身のとがはさる事にて、朝家の御あやまりなり、よく朝議あるべかりけるに、其比名臣もあまたありしが、などか諫め申さゞりける、大義には滅親といふ事のあるは、石碏といふ人其子をころしたる事なり、不忠の子を殺すは理なり、父不忠なりとも、子としてころすの道理なし、

新字:父ながら朝敵となりたる人なれば、是を救ふ事叶ひがたし、それに鎌田正清などいふ無慚の輩、いろ〱拵へていひけるまゝ、あへなく是を殺してけり、彼二子はかやうの塲に至ては、たとひ身命を果しても覚悟をたがふる事あるまじさなり、義朝さしも源家の名将と聞ゆれども、勇気ばかりにて、義理にくらく、志節なき故に是ほどの理非にまよひたり、いかゞして長田忠宗がおのれをころすをとがむべき、但此事は北畠親房の神皇正統記の論正しうして、最理に当れり、此事の断案ともいふべし、正統記にいへるは、義朝父のくびをきらせたりし事、大なるとがなり、古今にもきかず、倭漢にも例なし、勲功の賞に申替るとも、自から退くとも、などか父を申たすくる道なかるべき、名行かけはてにければ、いかでかつひに其身をまたくすべき、程なく滅びぬる事は天理なり、およそかゝる事は、其身のとがはさる事にて、朝家の御あやまりなり、よく朝議あるべかりけるに、其比名臣もあまたありしが、などか諫め申さゞりける、大義には滅親といふ事のあるは、石碏といふ人其子をころしたる事なり、不忠の子を殺すは理なり、父不忠なりとも、子としてころすの道理なし、

書き下し

父ながら朝敵となりたる人なれば、是を救ふ事叶ひがたし、それに鎌田正清などいふ無慙の輩、いろ〱拵へていひけるまゝ、あへなく是を殺してけり、彼二子はかやうの塲に至ては、たとひ身命を果しても覺悟をたがふる事あるまじさなり、義朝さしも源家の名將と聞ゆれども、勇氣ばかりにて、義理にくらく、志節なき故に是ほどの理非にまよひたり、いかゞして長田忠宗がおのれをころすをとがむべき、但此事は北畠親房の神皇正統記の論正しうして、最理に當れり、此事の斷案ともいふべし、正統記にいへるは、義朝父のくびをきらせたりし事、大なるとがなり、古今にもきかず、倭漢にも例なし、勳功の賞に申替るとも、自から退くとも、などか父を申たすくる道なかるべき、名行かけはてにければ、いかでかつひに其身をまたくすべき、程なく滅びぬる事は天理なり、およそかゝる事は、其身のとがはさる事にて、朝家の御あやまりなり、よく朝議あるべかりけるに、其比名臣もあまたありしが、などか諫め申さゞりける、大義には滅親といふ事のあるは、石碏といふ人其子をころしたる事なり、不忠の子を殺すは理なり、父不忠なりとも、子としてころすの道理なし、

現代語訳

父でありながら朝敵となった人ですから、これを救うことは難しい状況でした。それに、鎌田正清などという無慙な者たちが、いろいろ言いこしらえたので、あえなくこれを殺してしまいました。あの二人(季路・冉有)なら、このような場に至っては、たとえ身命を果たしても、覚悟をたがえることはないはずです。義朝は、あれほど源家の名将と聞こえた人ですが、勇気ばかりで義理に暗く、志節がないために、これほどの理非に迷いました。どうして長田忠宗が自分を殺すのを咎めることができるでしょうか。ただし、この事は、北畠親房の『神皇正統記』の論が正しく、最も理にかなっています。この事の断案とも言えるでしょう。正統記が言うには、義朝が父の首を斬らせたことは、大きな咎である。古今にも聞かず、日本にも唐土にも例がない。勲功の賞に替えて申し出ても、自ら退いても、どうして父を救い申し上げる道がなかったことがあろうか。名と行いが欠け果ててしまったのだから、どうして最後まで身を全うできようか。ほどなく滅びたのは天理である。およそこのようなことは、その身の咎はもちろんだが、朝廷のお誤りでもある。よく朝議があるべきだったのに、その頃は名臣もあまたいたが、どうして諫め申さなかったのか。大義には親を滅ぼすということがあるが、それは石碏という人がその子を殺したことである。不忠の子を殺すのは理にかなう。父が不忠であっても、子として殺す道理はない、と。

解説

前段の義朝の話の続きです。義朝は勇気ばかりで義理に暗く、鎌田正清らの言い分に迷って父を殺したと翁は評します。その上で、北畠親房の『神皇正統記』の論が最も理に当たると引きます。父の首を斬らせたのは古今に例のない大きな咎で、勲功と引き替えに申し出る道もあったはずだと正統記は説きます。「大義滅親」で石碏が不忠の子を殺したのは理だが、父が不忠でも子が殺す道理はないと線を引きます。ほどなく義朝が滅んだのは天理だとされます。上からの命令が絶対に見えるときでも、手段の選択を一つずつ吟味せよという点は、現代のコンプライアンスにも通じます。

この章句が説くこと

源義朝神皇正統記大義滅親名行諫言駿台雑話

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