言志四録 / 言志録 第七十条 諫めは誠意に在り
凡欲諫人。唯有一團誠意溢於言而已。苟挾一忿疾之心。諫決不入。
新字:凡欲諫人。唯有一団誠意溢於言而已。苟挟一忿疾之心。諫決不入。
書き下し
凡そ人を諫めんと欲するには、唯だ一団の誠意の言に溢るる有るのみ。苟くも一忿疾の心を挟まば、諫め決して入らず。
現代語訳
およそ人を諫めようとするなら、ただひとかたまりの誠意が言葉にあふれ出ていることが必要なだけである。もし少しでも怒りや憎しみの心を抱いていれば、諫めは決して相手の心に入らない。
解説
人に忠告し、過ちを正そうとするときの心構えを説いた一条です。一斎は、諫めが相手に届くかどうかは、言葉の巧みさや理屈の正しさではなく、相手を思う誠意が言葉にあふれているかどうかで決まると言います。逆に、少しでも怒りや相手を憎む気持ちが混じっていれば、どれほど正しいことを言っても決して受け入れられません。人は言葉の内容より、その奥にある感情を敏感に感じ取るからです。先の条で、才ある紂王に賢人たちの諫めが届かなかった話がありましたが、ここでは諫める側の心が問われています。部下の誤りを指摘するとき、上司に意見するとき、自分の言葉にいら立ちが混じっていないかを確かめる手がかりになるでしょう。
この章句が説くこと
諫言誠意忠告感情コミュニケーション
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