素書 / 『素書』八つの自己修養
絕嗜禁欲、所以除累;抑非損惡、所以禳過;貶酒闕色、所以無污;避嫌遠疑、所以不誤;博學切問、所以廣知;高行微言、所以修身;恭儉謙約、所以自守;深計遠慮、所以不窮;
新字:絶嗜禁欲、所以除累;抑非損悪、所以禳過;貶酒闕色、所以無汚;避嫌遠疑、所以不誤;博学切問、所以広知;高行微言、所以修身;恭倹謙約、所以自守;深計遠慮、所以不窮;
書き下し
嗜みを絶ち欲を禁ずるは、累を除く所以なり。非を抑え悪を損するは、過ちを禳う所以なり。酒を貶し色を闕くは、汚れ無き所以なり。嫌いを避け疑いを遠ざくるは、誤らざる所以なり。博く学び切に問うは、知を広くする所以なり。行いを高くし言を微にするは、身を修むる所以なり。恭倹謙約は、自ら守る所以なり。深く計り遠く慮るは、窮せざる所以なり。
現代語訳
嗜好を断ち欲を抑えるのは、煩いの種を取り除くためです。誤りを抑え悪を減らすのは、過ちを払うためです。酒を控え色を遠ざけるのは、汚れをなくすためです。疑われる事柄を避け、疑念から遠ざかるのは、間違いを犯さないためです。広く学び、切実に問うのは、知を広げるためです。行いを高くし、言葉を控えめにするのは、身を修めるためです。恭しく、倹やかに、へりくだり、つつましくあるのは、自分を守るためです。深く計り、遠くまで考えるのは、行き詰まらないためです。
解説
第三章の前半で、「〜は〜する所以なり」の型で八つの自己修養が並びます。禁欲、誤りを抑えること、疑われる行いを避けること、学問、言葉の慎み、謙虚、先を見通す思慮と、手段と目的が一対一で示されるため、実務の心得として読みやすい箇所です。酒や色への戒めは当時の為政者の失敗に即したもので、現代なら、金銭、接待、人間関係で疑われる場面を作らない、という意味に置き換えられます。徳の話を精神論に終わらせず、日々の具体的な節制に落とす点が、この書らしさです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
節制除累避嫌博学慎言謙約
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