格言聯璧 / 攝生類・言語を慎むは吾が德を養ふ所以
愛慕知節,則營求少。歡樂知節,則禍敗少。 飲食知節,則疾病少。 人知言語足以彰吾德,而不知慎言語乃所以養吾德。 人知飲食足以益吾身,而不知節飲食乃所以養吾身。
新字:愛慕知節,則営求少。歓楽知節,則禍敗少。 飲食知節,則疾病少。 人知言語足以彰吾徳,而不知慎言語乃所以養吾徳。 人知飲食足以益吾身,而不知節飲食乃所以養吾身。
書き下し
愛慕節を知れば、則ち營求少なし。歡樂節を知れば、則ち禍敗少なし。 飲食節を知れば、則ち疾病少なし。 人は言語の以て吾が德を彰はすに足るを知りて、言語を慎むは乃ち吾が德を養ふ所以なるを知らず。 人は飲食の以て吾が身を益すに足るを知りて、飲食を節するは乃ち吾が身を養ふ所以なるを知らず。
現代語訳
好み慕う心に節度を知れば、あれこれ求めることが少なくなります。楽しみに節度を知れば、災いや失敗が少なくなります。 飲食に節度を知れば、病気が少なくなります。 人は言葉が自分の徳を表すのに十分なものだとは知っていますが、言葉を慎むことこそが自分の徳を養うゆえんだとは知りません。 人は飲食が自分の体を益するのに十分なものだとは知っていますが、飲食を節することこそが自分の体を養うゆえんだとは知りません。
解説
前の単位の言語と挙動に続き、愛慕、歓楽、飲食にも節度を知れと、同じ型の句を重ねて締めくくります。営求はあれこれと求め回ること、禍敗は災いと失敗です。後半の対句は、言語と飲食を並べたものです。『易経』頤の卦の象伝に「君子以て言語を慎み、飲食を節す」とあり、口から出るものと口に入るものを同時に慎むという古い考えを踏まえています。言葉は徳を表すが、慎むことで徳が養われる。飲食は体を益すが、節することで体が養われる。ものを使うことより控えることに養いがあるという逆説です。話しすぎや食べすぎに気づいたとき、控えることこそが自分を育てるのだと思い出させてくれる句です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
節制慎言摂生養生修身
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