素書 / 『素書』俊豪傑の三つの器
德足以懷遠、信足以一異、義足以得眾、才足以鑒古、明足以照下、此人之俊也。行足以為儀表、智足以決嫌疑、信足以使守約、廉足以使分財、此人之豪也。守職而不廢、處義而不回、見嫌而不茍免、見利而不茍得、此人之杰也。右第二章、言道不可以非正。
新字:徳足以懐遠、信足以一異、義足以得衆、才足以鑒古、明足以照下、此人之俊也。行足以為儀表、智足以決嫌疑、信足以使守約、廉足以使分財、此人之豪也。守職而不廃、処義而不回、見嫌而不苟免、見利而不苟得、此人之杰也。右第二章、言道不可以非正。
書き下し
徳は以て遠きを懐くるに足り、信は以て異なるを一にするに足り、義は以て衆を得るに足り、才は以て古を鑑みるに足り、明は以て下を照らすに足る、此れ人の俊なり。行は以て儀表と為るに足り、智は以て嫌疑を決するに足り、信は以て約を守らしむるに足り、廉は以て財を分かたしむるに足る、此れ人の豪なり。職を守りて廃れず、義に処りて回らず、嫌いを見て苟くも免れず、利を見て苟くも得ず、此れ人の傑なり。右第二章、道は以て正しきに非ざる可からざるを言う。
現代語訳
徳が遠くの人まで心を寄せさせ、信が異なる者をひとつにまとめ、義が多くの人の支持を得て、才が古い事例に学ぶことができ、明が部下の事情を照らし出せる。これが、人としての「俊」です。行いが手本となり、知恵が疑わしい事柄を裁き、信が約束を守らせ、清廉さが財の分配を任せられる。これが「豪」です。職務を守って怠らず、義に立って曲がらず、疑いをかけられても安易に逃れず、利益を見ても安易に取らない。これが「傑」です。以上が第二章で、道は正しくなければならないという意味です。
解説
人物を俊・豪・傑の三つに分けて示します。俊は徳と才を備えた総合力、豪は模範となり決断できる人、傑は職と義を守り通す人と読めます。注目すべきは傑で、疑われても言い逃れせず、利益を見ても安易に取らない姿が挙がります。目立つ能力より、持ち場を守る誠実さを最後に置いているのです。評価の場面で、数字を出す人ばかりを見ていないか、利益を前にして動かない人を見落としていないかを考える手がかりになります。三つの序列と見るより、役割の違いとして読むと実用的です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
俊豪傑徳信義
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