春秋左氏伝 / 成公十六年 戦の器
鄭人聞有晉師。使告于楚。姚句耳與往。楚子救鄭。司馬將中軍。令尹將左。右尹子辛將右。過申。子反入見申叔時。曰。師其何如。對曰。德。刑。詳。義。禮。信。戰之器也。德以施惠。刑以正邪。詳以事神。義以建利。禮以順時。信以守物。民生厚而德正。用利而事節。時順而物成。上下和睦。周旋不逆。求無不具。各知其極。故詩曰。立我烝民。莫匪爾極。是以神降之福。時無災害。民生敦厖。和同以聽。莫不盡力。以從上命。致死以補其闕。此戰之所由克也。今楚內棄其民。而外絕其好。瀆齊盟。而食話言。奸時以動。而疲民以逞。民不知信。進退罪也。人恤所底。其誰致死。子其勉之。吾不復見子矣。姚句耳先歸。子駟問焉。對曰。其行速。過險而不整。速則失志。不整喪列。志失列喪。將何以戰。楚懼不可用也。
新字:鄭人聞有晋師。使告于楚。姚句耳与往。楚子救鄭。司馬将中軍。令尹将左。右尹子辛将右。過申。子反入見申叔時。曰。師其何如。対曰。徳。刑。詳。義。礼。信。戦之器也。徳以施恵。刑以正邪。詳以事神。義以建利。礼以順時。信以守物。民生厚而徳正。用利而事節。時順而物成。上下和睦。周旋不逆。求無不具。各知其極。故詩曰。立我烝民。莫匪爾極。是以神降之福。時無災害。民生敦厖。和同以聴。莫不尽力。以従上命。致死以補其闕。此戦之所由克也。今楚内棄其民。而外絶其好。瀆斉盟。而食話言。奸時以動。而疲民以逞。民不知信。進退罪也。人恤所底。其誰致死。子其勉之。吾不復見子矣。姚句耳先帰。子駟問焉。対曰。其行速。過険而不整。速則失志。不整喪列。志失列喪。将何以戦。楚懼不可用也。
書き下し
鄭人晉の師有るを聞き、楚に告げしむ。姚句耳與に往く。楚子鄭を救ふ。司馬中軍に將たり、令尹左に將たり、右尹子辛右に將たり。申を過ぐ。子反入りて申叔時に見えて曰く、「師其れ何如」と。對へて曰く、「德・刑・詳・義・禮・信は、戰の器なり。德は以って惠を施し、刑は以って邪を正し、詳は以って神に事へ、義は以って利を建て、禮は以って時に順ひ、信は以って物を守る。民生厚くして德正しく、用利ありて事節あり、時順ひて物成る。上下和睦し、周旋逆はず、求めて具はらざる無く、各其の極を知る。故に詩に曰く、『我が烝民を立つる、爾の極に匪ざる莫し』と。是を以って神之に福を降し、時に災害無く、民生敦厖にして、和同して以って聽き、力を盡くして以って上の命に從ひ、死を致して以って其の闕を補はざる莫し。此れ戰の由りて克つ所なり。今楚内に其の民を棄て、外に其の好を絶ち、齊盟を瀆して、話言を食み、時を奸して以って動き、民を疲らせて以って逞しくす。民信を知らず、進退罪あり。人底る所を恤ふ、其れ誰か死を致さん。子其れ之を勉めよ。吾復た子を見ざらん」と。姚句耳先に歸る。子駟焉に問ふ。對へて曰く、「其の行速かにして、險を過ぎて整はず。速かなれば則ち志を失ひ、整はざれば列を喪ふ。志失ひ列喪ふ、將に何を以ってか戰はん。楚懼らくは用ふ可からざらん」と。
現代語訳
鄭の人は晋軍が来ると聞き、楚に急を告げさせた。姚句耳(ようこうじ、鄭の大夫)が使者に同行した。楚子(共王)は鄭を救援した。司馬の子反が中軍を、令尹の子重が左軍を、右尹の子辛が右軍を率いた。軍が申の地を通ったとき、子反は申叔時(楚の老臣)を訪ねて言った。「この軍はどうでしょうか」。申叔時は答えた。「徳・刑・詳・義・礼・信は、戦いの道具です。徳によって恵みを施し、刑によって邪を正し、詳(慎み)によって神に仕え、義によって利を立て、礼によって時節に従い、信によって物事を守ります。民の暮らしが豊かで徳が正しく、用いるものに利があって事に節度があり、時節に従って物が実ります。上下が和睦し、行き来に逆らうことなく、求めて備わらないものはなく、各人が自分の守るべき分を知っています。だから詩に『わが多くの民を立てるのは、あなたの定めた中正の道によらぬものはない』とあるのです。それゆえ神は福を降し、時節に災害がなく、民の暮らしは厚く豊かで、心を合わせて命令を聞き、力を尽くして上の命に従い、死を賭して欠けたところを補わない者はいない。これが戦いに勝つ理由です。いま楚は、内にはその民を見捨て、外には友好を断ち、神聖な盟約をけがし、交わした言葉を反故にし、時節に背いて兵を動かし、民を疲れさせて思いを遂げようとしています。民は信というものを知らず、進んでも退いても罪に問われます。人々は自分の行き着く先を案じているのに、誰が命を投げ出しましょうか。あなたはどうか努めてください。私は二度とあなたにお会いすることはないでしょう」。姚句耳は先に鄭に帰った。子駟(鄭の執政)が楚軍の様子を尋ねると、姚句耳は答えた。「楚軍の行軍は速すぎて、険しいところを通っても隊列が整いません。速すぎれば考えが行き届かず、整わなければ隊列を失います。考えが行き届かず隊列を失っては、どうして戦えましょう。楚はおそらく頼りにならないでしょう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十美濃殿程公事の理篇·批判致す人なきとの儀は、信玄公御工夫あさからず候へばこそ如此、さる間何方へ御馬を向られ、然も敵国へふかく働き有時も諸々の武士大小共に侍衆の事は不及申候、誠に雑人迄定て是はかつ事にてこそ御座あらめと思ひ、少もまくべきと存ぜざるは信玄公の智略賢くまします故如此、
-
『十善法語』巻第十・不邪見戒之上善ヲ勉メ悪ヲ恐ルルモ。此ニ準シテ知レ。此中仏アルコトヲ信シ。法アルコトヲ信シ。善悪ノ業空シカラヌコトヲ信シ。神祇アルコトヲ信スレハ。上一人ヨリ下庶人ニ至ルマテ。此戒ハ破セヌ。此徳ヲ日夜ニ養ヒ立ハ。人人聖賢ノ位ニモ至ル。近キ処ニ在テ而モ甚深ナル。易キ処ニ在テ而モ広大ナルコトシヤ。
-
『春秋左氏伝』昭公十五年 力を量りて行う晉の荀吳師を帥ゐて鮮虞を伐ち、鼓を圍む。鼓人或いは城を以って叛かんと請ふ。穆子許さず。左右曰く、「師徒勤めずして、以って城を獲可し。何の故にか為さざる」と。穆子曰く、「吾諸を叔向に聞く、曰く、『好惡愆はざれば、民適く所を知り、事濟らざる無し』と。或いは吾が城を以って叛くは、吾の甚だ惡む所なり。人城を以って來るも、吾獨り何ぞ好まんや。甚だ惡む所を賞せば、好む所を若何せん。若し其れ賞せずんば、是れ信を失ふなり。何を以ってか民を庇はん。力能はば則ち進み、否ずんば則ち退く。力を量りて行ふ。吾以って城を欲して姦に邇づく可からず。喪ふ所滋々多からん」と。鼓人をして叛人を殺して守備を繕はしむ。鼓を圍むこと三月、鼓人或いは降らんことを請ふ。其の民をして見えしめて曰く、「猶ほ食色有り。姑く而の城を脩めよ」と。軍吏曰く、「城を獲れども取らず、民を勤めて兵を頓す。何を以ってか君に事へん」と。穆子曰く、「吾以って君に事ふるなり。一邑を獲て民に怠を教へば、將た焉んぞ邑を用ひん。邑以って怠を賈はば、舊を完くするに如かず。怠を賈へば卒へ無く、舊を棄つるは不祥なり。鼓人能く其の君に事へ、我も亦た能く吾が君に事ふ。義に率ひて爽はず、好惡愆はず、城獲可くして民義を知り、死命有る所にして二心無し。亦た可ならずや」と。鼓人食竭き力盡くるを告げて、而る後に之を取る。鼓に克ちて反り、一人をも戮せず。鼓子截鞮を以って歸る。冬、公晉に如く。平丘の會の故なり。
-
論語・学而篇子夏曰く、「賢を賢として色に易え、父母に事えて能く其の力を竭くし、君に事えて能く其の身を致し、朋友と交わるに言いて信有らば、未だ学ばずと曰うと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わん。」
-
論語・為政篇子曰く、政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰其の所に居て衆星之に共(むか)うが如し。
-
論語・為政篇子曰く、之を道びくに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る