弁名 / 義
古者未有以義爲德之名者。唯周禮六德有之。葢以大司馬之材言之也。大司馬掌賞罰黜陟軍旅田獵之事。而賞罰黜陟。以當乎義爲貴。軍旅田獵。皆取當於急遽之際。故非熟於先王之義。應變不謬者不能已。然是士君子之本業。凡仕者皆然。故它書莫有以爲德者也。如曰義士也。曰義人也。皆以其所爲合乎義。遂贊其人言也。皆以一事言之。其實非以爲德之名也。
新字:古者未有以義為徳之名者。唯周礼六徳有之。葢以大司馬之材言之也。大司馬掌賞罰黜陟軍旅田猟之事。而賞罰黜陟。以当乎義為貴。軍旅田猟。皆取当於急遽之際。故非熟於先王之義。応変不謬者不能已。然是士君子之本業。凡仕者皆然。故它書莫有以為徳者也。如曰義士也。曰義人也。皆以其所為合乎義。遂賛其人言也。皆以一事言之。其実非以為徳之名也。
書き下し
古は未だ義を以て徳の名と為す者有らず。唯だ周礼の六徳に之有り。蓋し大司馬の材を以て之を言ふなり。大司馬は賞罰・黜陟・軍旅・田猟の事を掌る。而して賞罰黜陟は、義に当たるを以て貴しと為す。軍旅田猟は、皆当を急遽の際に取る。故に先王の義に熟し、変に応じて謬らざる者に非ずんば能はざるのみ。然れども是れ士君子の本業にして、凡そ仕ふる者皆然り。故に它書以て徳と為す者有ること莫きなり。義士と曰ひ、義人と曰ふが如きは、皆其の為す所の義に合ふを以て、遂に其の人を賛して言ふなり。皆一事を以て之を言ふ。其の実は以て徳の名と為すに非ざるなり。
現代語訳
古くは、義を徳の名とした例はない。ただ『周礼』の六徳にだけある。思うにこれは大司馬(軍政の長官)の資質として言ったものである。大司馬は賞罰・昇進降格・軍隊・狩猟のことをつかさどる。賞罰や昇進降格は義にかなうことが大事であり、軍隊や狩猟はいずれも差し迫った場面で適切さを選び取らねばならない。だから先王の義に熟達し、変化に応じて誤らない者でなければ務まらないのである。しかしこれは士君子の本業であり、およそ仕える者はみなそうである。だからほかの書物で義を徳とした例はない。「義士」「義人」などと言うのは、その行いが義にかなっていたので、その人をたたえて言ったもので、どれも一つの事について言うのである。実際には義を徳の名としているわけではない。
解説
この章句が説くこと
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『弁名』聖周礼の六徳に、智と曰ひ、聖と曰ふ。是れ聖人の徳を岐ちて之を二つにし、以て君子の徳と為すなり。蓋し人の性は同じからず。故に其の智、能く政治の道に通ずる者有り、之に命じて智と曰ふ。能く礼楽鬼神の道に通ずる者有り、之に命じて聖と曰ふ。故に其の所謂聖も、亦た聖人の徳の若きに非ず。曰く、唐虞は九官にして乃ち九徳有り、周は六官にして乃ち六徳有り。徳は性を以て殊なり、徳成りて之を官にす。故に虞・周の官制の異なるは、其の徳を立つる所以の同じからざればなり。
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『弁名』義「徳義の経」と曰ふ者有り。徳は人を以て之を言ひ、義は事を以て之を言ふ。故に古に是の言有り。「徳の則、義の府」の如きも、亦た徳義を以て対言す。「天の経、地の義なり」と曰ふ者有り。礼を賛するの言なり。経とは、礼の大なる者、能く衆義を持すること、経緯の経の如きを謂ふ。義とは、礼の細なる者、各〻其の宜しきを制するを謂ふ。之を天地と謂ふ所以は、賛辞のみ。
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呂氏春秋・義賞①春氣至れば則ち草木産し、秋氣至れば則ち草木落つ。産と落とは之を使しむるもの或り。自ら然るに非ざるなり。故に之を使しむる者至れば、物為さざる無く、之を使しむる者至らざれば、物為す可き無し。古の人、其の使しむる所以を審らかにす、故に物、用を為さざる莫し。賞罰の柄、此れ上の使しむる所以なり。其の以て加うる所の者義なれば、則ち忠信親愛の道彰わる。久しく彰われて愈々長ずれば、民の之に安んずること性の若し。此を之れ教成ると謂う。教成れば則ち厚賞嚴威有りと雖も禁ずること能わず。故に善く教うる者は、義以て賞罰して教成り、教成りて賞罰禁ずること能わず。賞罰を用いて當らざるも亦た然り。姦偽賊亂貪戻の道興り、久しく興りて息まざれば、民の之を讎うること性の若し。戎夷胡貉巴越の民は、是を以て厚賞嚴罰有りと雖も、禁ずること能わず。郢人の兩版を以て垣するや、吳起之を變じて惡まる。賞罰易れば民安くんぞ樂しまん。氐羌の民、其れ虜となるや、其の係纍を憂えずして、其の死するに焚かれざるを憂うるは、皆、邪に成り、且つ成りて民を賊う。故に賞罰の加うる所は、慎まざる可からず。
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呂氏春秋・髙義①君子の自ら行うや、動けば必ず義に縁る。行うこと必ず義に誠なれば、俗、之を窮せりと謂うと雖も、通ずるなり。行うこと義に誠ならず、動くこと義に縁らざれば、俗、之を通ぜりと謂うと雖も、窮せるなり。然らば則ち君子の窮通は、俗に異なる者有るなり。故に功に當りて以て賞を受け、罪に當りて以て罰を受く。賞當たらざれば、之に與うと雖も必ず辭す。罰誠に當たれば、之を赦すと雖も外けず。之を國に度れば、必ず利長久ならん。長久の主に於ける、必ず宜しく內は心に反して慚ぢずして然る後動くべし。
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『講孟余話』盡心上 第九章「徳を尊び義を楽しめば、則ち以て囂々たるべし。故に士は窮しても義を失はず、達しても道を離れず。窮しても義を失はず、故に士は己を得。達しても道を離れず、故に民望を失はず。古の人、志を得れば、沢民に加はり、志を得ざれば、身を脩めて世に見はる。窮すれば則ち独り其の身を善くし、達すれば則ち兼ねて天下を善くす」。此の章大いに吾が心を得、因りて繁を厭はず其の全文を挙ぐ。宜しく反覆熟誦すべし。囂々の二字是れ全章の主意なり。尊徳楽義の四字是れ其の工夫なり。尊徳と云ふに両義あり。公孫丑下篇第二章に、「其の徳を尊び道を楽しむこと是くの如くならざれば、与に為すこと有るに足らず」の尊徳は、有徳の人を尊崇することなり。此の本文も夫れにて済むなり。又中庸に「徳性を尊ぶ」と云ふことあり。是れは己れに存する徳性を自ら恭敬奉持するを云ふ。是れ自ら一義なり。然れども徳は一なり。己れに存するを尊ぶ、故に人に在るを尊ぶ。本是れ一貫の事なり。畢竟本文徳の字、固より己の徳と云はず、又人の徳と云はず、唯是れ徳なり。楽義も亦然り。天下の徳義を尊崇し、更に人己を分つことなし。是れ囂々然として自得無欲なる所以なり。
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『武士道』第三章 正義・赤穂四十七士に義の一字を冠す『人、鶏犬を放つ有れば、則ち之を求むるを知る。放心有れども求むるを知らず』と。吾人はここに、孟子の世を去る遠く、国を異にして生れ、『我は義の道なり、我によりて失はれたるものは見出さるべし』と説きたる大教師基督の譬喩の『鏡を以て見るごとく見ること昏然なる』面影を認め得べきに非ずや。ああ、されど予は岐論に馳せたり。唯だ云はん、孟子の所謂義とは、即ち人の失ひたる楽園を恢復すべき、直くして且つ狭き道なりと。封建の季世、武士は長時の泰平に馴れて、安逸遊惰の生活を楽しみ、従つて放肆懦弱に流れ、風流文雅に淫したりと雖、此時に当りて、なお義士たるの称は、学術技芸に長ずるの名に優ること遠しとしたり。されば赤穂四十七士に冠するに、義の一字を以てして、士は之を欽慕し、其芳烈美名は、徳教を維持するに、著大の効を有するに至れり。
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