徂徠先生答問書 / 卷下
第三に經學の爲の害は、前に申候通古言を失候故、經書の文面違申候。理氣天理人欲等の付添有之候故、聖人の道の一層の皮膜を隔候。總體宋儒の學は、古聖人の書を文面の儘に解したる物にては無之候。程子朱子何れも聰明特達の人にて、古聖人の書をはなれて別に自分の見識有之、其見識にて經書を捌き被申たる物に候故、宋儒に便りて古聖人の道を得んと求むる事、轅を南にして燕に行かんと求むるがごとし、是經學の爲の害に候。是等の子細を以て損友と申進候事に候。尤見識も定まり、學問も手に入候後は、何れ御覽候ても不苦事に候得共、左樣の時節に至り候はゞ、宋儒の書は嫌ひに御なり可被成候。今程御執着殘候故とやかく被仰下候にて御座候。
新字:第三に経学の為の害は、前に申候通古言を失候故、経書の文面違申候。理気天理人欲等の付添有之候故、聖人の道の一層の皮膜を隔候。総体宋儒の学は、古聖人の書を文面の儘に解したる物にては無之候。程子朱子何れも聰明特達の人にて、古聖人の書をはなれて別に自分の見識有之、其見識にて経書を捌き被申たる物に候故、宋儒に便りて古聖人の道を得んと求むる事、轅を南にして燕に行かんと求むるがごとし、是経学の為の害に候。是等の子細を以て損友と申進候事に候。尤見識も定まり、学問も手に入候後は、何れ御覧候ても不苦事に候得共、左様の時節に至り候はゞ、宋儒の書は嫌ひに御なり可被成候。今程御執着残候故とやかく被仰下候にて御座候。
書き下し
第三に経学の為の害は、前に申候通古言を失候故、経書の文面違申候。理気天理人欲等の付添有之候故、聖人の道の一層の皮膜を隔候。総体宋儒の学は、古聖人の書を文面の儘に解したる物にては無之候。程子朱子何れも聰明特達の人にて、古聖人の書をはなれて別に自分の見識有之、其見識にて経書を捌き被申たる物に候故、宋儒に便りて古聖人の道を得んと求むる事、轅を南にして燕に行かんと求むるがごとし、是経学の為の害に候。是等の子細を以て損友と申進候事に候。尤見識も定まり、学問も手に入候後は、何れ御覧候ても不苦事に候得共、左様の時節に至り候はゞ、宋儒の書は嫌ひに御なり可被成候。今程御執着残候故とやかく被仰下候にて御座候。
現代語訳
第三に経学のための害は、前に申したとおり古い言葉を失っているので、経書の文面の解釈が違ってくることです。理気・天理人欲などの付け足しがあるので、聖人の道との間に一枚の膜を隔てることになります。総じて宋儒の学は、古の聖人の書を文面のとおりに解したものではありません。程子も朱子もいずれも聡明で抜きん出た人で、古の聖人の書を離れて別に自分の見識があり、その見識で経書をさばかれたものですから、宋儒に頼って古の聖人の道を得ようとするのは、車の轅を南に向けて北の燕の国へ行こうとするようなものです。これが経学のための害です。こうした事情から、損友(害になる友)と申し上げたのです。もっとも、見識も定まり、学問も身についた後なら、何をご覧になっても差し支えありませんが、そういう時期になれば、宋儒の書は嫌いにおなりでしょう。今はまだご執着が残っているので、あれこれと仰せになるのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
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論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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