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徂徠先生答問書 / 卷下

一道は事物當行の理にても無之、天地自然の道にても無之、聖人の建立被成たる道にて、國天下を治候仕樣を道といふと申事、御不審致承知候。宋學に御泥候故御尤の儀に候。先天地自然の道といふ事は老莊の說に候。有の儘に毫髪の付添もなき天地其儘の道と立て、誠に向上至極に相聞候得共、其說の至極を詰候へば、聖人の道を破却致し不申候へば、其理はつまり不申候。扨又事物當行の理と申說も、天地自然の道といふ見を底に帶候て說出したる說に候。是皆自信ずる事厚く、古聖人を信ずる事薄き所より生じたる說に候。

新字:一道は事物当行の理にても無之、天地自然の道にても無之、聖人の建立被成たる道にて、国天下を治候仕様を道といふと申事、御不審致承知候。宋学に御泥候故御尤の儀に候。先天地自然の道といふ事は老荘の説に候。有の儘に毫髪の付添もなき天地其儘の道と立て、誠に向上至極に相聞候得共、其説の至極を詰候へば、聖人の道を破却致し不申候へば、其理はつまり不申候。扨又事物当行の理と申説も、天地自然の道といふ見を底に帯候て説出したる説に候。是皆自信ずる事厚く、古聖人を信ずる事薄き所より生じたる説に候。

書き下し

一道は事物当行の理にても無之、天地自然の道にても無之、聖人の建立被成たる道にて、国天下を治候仕様を道といふと申事、御不審致承知候。宋学に御泥候故御尤の儀に候。先天地自然の道といふ事は老荘の説に候。有の儘に毫髪の付添もなき天地其儘の道と立て、誠に向上至極に相聞候得共、其説の至極を詰候へば、聖人の道を破却致し不申候へば、其理はつまり不申候。扨又事物当行の理と申説も、天地自然の道といふ見を底に帯候て説出したる説に候。是皆自信ずる事厚く、古聖人を信ずる事薄き所より生じたる説に候。

現代語訳

一つ。道とは事物の当然行うべき理でもなく、天地自然の道でもなく、聖人が建てられた道であって、国や天下を治める仕方を道というのだ、と申したことにご不審の由、承知しました。宋学になじんでおられるので、もっともなことです。まず「天地自然の道」というのは老子・荘子の説です。ありのままで髪の毛一本ほどの付け足しもない、天地そのままの道を立てるので、まことに高尚の極みのように聞こえますが、その説を突き詰めると、聖人の道を打ち壊さなければ理屈が通らないのです。また「事物当行の理」という説も、天地自然の道という見方を底に持って説き出した説です。これらはみな、自分を信じることが厚く、古の聖人を信じることが薄いところから生まれた説です。

解説

第十八条は徂徠思想の核心である。家老は、道は「事物当行の理」でも「天地自然の道」でもなく、聖人が建てた治国の方法だという徂徠の主張に疑問を呈した。徂徠はまず「天地自然の道」を老荘の説と断じ、朱子学の「当行の理」もその見方を下敷きにしていると見る。どちらも自分の判断を信じすぎ、古の聖人を信じる心が薄いところから出た説だという。組織でも、先人が作った仕組みを「自分の理屈に合わない」と軽んじる前に、その仕組みがなぜ作られたかを考える謙虚さが要る。

この章句が説くこと

道聖人天地自然老荘宋学先王

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