論語 / 微子篇
柳下惠爲士師,三黜。人曰:「子未可以去乎?」曰:「直道而事人,焉往而不三黜?枉道而事人,何必去父母之邦?」
新字:柳下恵為士師,三黜。人曰:「子未可以去乎?」曰:「直道而事人,焉往而不三黜?枉道而事人,何必去父母之邦?」
書き下し
柳下恵、士師と為り、三たび黜けらる。人曰く、「子未だ以て去る可からざるか。」曰く、「道を直くして人に事うれば、焉くに往くとして三たび黜けられざらん。道を枉げて人に事うれば、何ぞ必ずしも父母の邦を去らん。」
現代語訳
柳下恵が裁判官となり、三度罷免された。ある人が言った。「あなたはもうこの国を去ってもよいのではありませんか。」柳下恵は言った。「道をまっすぐにして人に仕えれば、どこへ行っても三度は罷免されるでしょう。道を曲げて人に仕えるなら、どうしてわざわざ父母の国を去る必要がありましょう。」
解説
罷免を三度受けてなお国を去らない理由が、鮮やかに整理されている。まっすぐやるなら、どこへ行っても同じ目に遭う。曲げてやるなら、ここでも通用する。だから移る意味が無い。転職や移籍を考えるときの、極めて実際的な検算になっている。環境が悪いから移る、という判断の前に、その悪さが環境固有のものか、自分のやり方に伴うものかを分ける必要がある。後者なら、移っても同じことが起きる。柳下恵は自分の不遇の原因を正確に把握していた。道をまっすぐにしているからだ、と。原因が自分の選択にあると分かっていれば、場所を変える動機は生まれない。不満の原因を環境に帰す前に、この検算をする人は少ない。
この章句が説くこと
道不遇転職社会原因覚悟
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