孫子 / 形篇
善用兵者,修道而保法,故能為勝敗之政。
書き下し
善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
現代語訳
戦上手は、道を修めて法を保つ。だから勝敗を左右する政を行うことができる。
解説
形篇の中で、勝敗を自分の側で決められる条件を述べた一句である。挙げられているのは二つだけ、道と法。始計篇の五事のうち、最も抽象的な道と、最も具体的な法を選んでいる。理念と仕組み、と言い換えてもよい。この二つがあれば勝敗を制御できる、という主張である。天の時や地の利は挙げられていない。自分では動かせないからだ。動かせるものだけを挙げて、そこに集中しろと言っている。経営に置き換えると分かりやすい。市況も競合の動きも自分では決められない。決められるのは、何のためにやるのかを共有することと、それを支える仕組みを保つことだけである。勝敗の政を為すとは、運を排除するという意味ではない。運が向いたときに取り切れる状態を、自分の側で作っておくということだ。
この章句が説くこと
道制度規律法制御可能理念と仕組み
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