徂徠先生答問書 / 卷下
爰に愚老が懺悔物語可申進候。愚老が經學は憲廟の御影に候。其子細は、憲廟の命にて御小性衆四書五經素讀の忘れを吟味仕候。夏日々永に、每日兩人相對し素讀をさせて承候事に候。始の程は忘れをも咎め申候得共、每日明六時より夜の四時迄の事にて、食事の間大小用の間計座を立ち候事故、後には疲果、吟味の心もなくなり行、讀候人は只口に任せて讀被申候。致吟味候我等は、只偶然と書物を詠め居申候。先きは紙を返せども、我等は紙を返さず、讀人と吟味人と別々に成、本文計を年月久敷詠暮し申候。如此註をもはなれ、本文計を見るともなく讀ともなく、うつら〳〵と見居候内に、あそここゝに疑共出來いたし、是を種といたし、只今は經學は大形如此物と申事合點參候事に候。註にたより早く會得いたしたるは益あるやうに候へども、自己の發明は曾て無之事に候。此段愚老が懺悔物語に候。
新字:爰に愚老が懺悔物語可申進候。愚老が経学は憲廟の御影に候。其子細は、憲廟の命にて御小性衆四書五経素読の忘れを吟味仕候。夏日々永に、毎日両人相対し素読をさせて承候事に候。始の程は忘れをも咎め申候得共、毎日明六時より夜の四時迄の事にて、食事の間大小用の間計座を立ち候事故、後には疲果、吟味の心もなくなり行、読候人は只口に任せて読被申候。致吟味候我等は、只偶然と書物を詠め居申候。先きは紙を返せども、我等は紙を返さず、読人と吟味人と別々に成、本文計を年月久敷詠暮し申候。如此註をもはなれ、本文計を見るともなく読ともなく、うつら〳〵と見居候内に、あそここゝに疑共出来いたし、是を種といたし、只今は経学は大形如此物と申事合点参候事に候。註にたより早く会得いたしたるは益あるやうに候へども、自己の発明は曽て無之事に候。此段愚老が懺悔物語に候。
書き下し
爰に愚老が懺悔物語可申進候。愚老が経学は憲廟の御影に候。其子細は、憲廟の命にて御小性衆四書五経素読の忘れを吟味仕候。夏日々永に、毎日両人相対し素読をさせて承候事に候。始の程は忘れをも咎め申候得共、毎日明六時より夜の四時迄の事にて、食事の間大小用の間計座を立ち候事故、後には疲果、吟味の心もなくなり行、読候人は只口に任せて読被申候。致吟味候我等は、只偶然と書物を詠め居申候。先きは紙を返せども、我等は紙を返さず、読人と吟味人と別々に成、本文計を年月久敷詠暮し申候。如此註をもはなれ、本文計を見るともなく読ともなく、うつら〳〵と見居候内に、あそここゝに疑共出来いたし、是を種といたし、只今は経学は大形如此物と申事合点参候事に候。註にたより早く会得いたしたるは益あるやうに候へども、自己の発明は曽て無之事に候。此段愚老が懺悔物語に候。
現代語訳
ここで私の懺悔話を申し上げましょう。私の経学は憲廟(五代将軍徳川綱吉)のおかげです。その事情はこうです。憲廟の命令で、御小姓衆が四書五経の素読を忘れていないかを点検する役を務めました。夏の日の長い頃、毎日二人ずつ向かい合わせ、素読をさせてそれを聞くのです。初めのうちは忘れたところを咎めもしましたが、毎日明け六つから夜の四つまでのことで、食事と用便のときだけ座を立つ有様でしたから、しまいには疲れ果てて点検する気もなくなり、読む人はただ口任せに読むばかりになりました。点検する私たちは、ただぼんやりと書物を眺めていました。読む側は頁をめくっても、私たちはめくらず、読む人と点検する人が別々になって、本文だけを長い年月眺め暮らしたのです。このように注からも離れ、本文だけを、見るともなく読むともなく、うつらうつらと眺めているうちに、あちこちに疑問がわいてきて、それを種として、今では経学とはおおよそこういうものだと合点がいくようになりました。注に頼って早く会得するのは役に立つようですが、自分自身の発見というものは決してありません。これが私の懺悔話です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
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言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
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論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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