徂徠先生答問書 / 卷下
一治國政事の器も無之、人の下に付て一生を可送人の爲には如何樣の敎可然哉の由、幷に世上に有之候禪法道敎朱子學陽明學抔の內、心法を取納候て、諸事に付て心の憂も恐も物の惑も少く成候樣成術抔も可有之思召候由、又右の品々の外にも手近く小量の人の身心を治候に益ある術も有之候哉の由、蒙仰候趣致承知候。其段は先生の敎には孝悌忠信を中庸の德行として民の務むべき事にいたし有之候。上たる人の學可申君子の道も是を土臺にいたし候て、此上に君子の大道を學候事にて御座候。此外に何も手近き事は愚老は不存候。心の憂も恐も惑も薄く成心の安樂なる事は、天命に安んじ候より外には先王の道には何も無之候。先王の道に無之候上は、是より外に妙道は無之事と可被思召候。
新字:一治国政事の器も無之、人の下に付て一生を可送人の為には如何様の教可然哉の由、幷に世上に有之候禅法道教朱子学陽明学抔の内、心法を取納候て、諸事に付て心の憂も恐も物の惑も少く成候様成術抔も可有之思召候由、又右の品々の外にも手近く小量の人の身心を治候に益ある術も有之候哉の由、蒙仰候趣致承知候。其段は先生の教には孝悌忠信を中庸の徳行として民の務むべき事にいたし有之候。上たる人の学可申君子の道も是を土台にいたし候て、此上に君子の大道を学候事にて御座候。此外に何も手近き事は愚老は不存候。心の憂も恐も惑も薄く成心の安楽なる事は、天命に安んじ候より外には先王の道には何も無之候。先王の道に無之候上は、是より外に妙道は無之事と可被思召候。
書き下し
一治国政事の器も無之、人の下に付て一生を可送人の為には如何様の教可然哉の由、幷に世上に有之候禅法道教朱子学陽明学抔の内、心法を取納候て、諸事に付て心の憂も恐も物の惑も少く成候様成術抔も可有之思召候由、又右の品々の外にも手近く小量の人の身心を治候に益ある術も有之候哉の由、蒙仰候趣致承知候。其段は先生の教には孝悌忠信を中庸の徳行として民の務むべき事にいたし有之候。上たる人の学可申君子の道も是を土台にいたし候て、此上に君子の大道を学候事にて御座候。此外に何も手近き事は愚老は不存候。心の憂も恐も惑も薄く成心の安楽なる事は、天命に安んじ候より外には先王の道には何も無之候。先王の道に無之候上は、是より外に妙道は無之事と可被思召候。
現代語訳
一、国を治め政事に当たる器量もなく、人の下について一生を送るはずの人のためには、どのような教えがよいか、とのこと。あわせて、世間にある禅法・道教・朱子学・陽明学などのうちから心法を取り入れて、いろいろな事について心の憂いも恐れも惑いも少なくなるような術などもあるだろうとお考えのこと。また右の品々のほかにも、手近で度量の小さい人の身心を治めるのに益のある術があるか、とのこと。仰せの趣、承知しました。その点は、先生(孔子)の教えでは孝悌忠信を中庸の徳行として、民の務めるべきことにしています。上に立つ人が学ぶべき君子の道も、これを土台にして、その上に君子の大道を学ぶのです。このほかに何も手近なことは、私は存じません。心の憂いも恐れも惑いも薄くなって心が安楽になることは、天命に安んじるよりほかに、先王の道には何もありません。先王の道にない以上、これよりほかに妙なる道はないとお思いください。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之三不幸なりとて、みだりに憂へなげき、或は、富貴財禄を貪りて、へつらひ求むるは、愚なりといふべし。富貴貧賤、吉凶、禍福、皆生れつきたる天命なれば、天命に任せて、むさぼり求むべからず、又、うれふべからず。天命を安んぜざるは愚なり。
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『慎思録』巻之二天地造化の道、陰陽変化の理に常有り。是を以て進退消長存亡の数に限り有り。人物の其の間に生ずるや、其の定数を逃るること能はず。是を以て盛んなる者は衰へざること能はず、生ずる者は死せざること能はず。此れ天地の常理なり。君子は其の常理に安んず。故に傾覆流離すと雖も憂苦せず。衰老に至ると雖も嗟嘆せず。死亡に臨むと雖も悲哀せず。夫の天命を楽しみて疑はざる者なり。
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「夫れ国家の存亡禍福は、信に天命有りて、唯だ人のみに非ざるか。」孔子対えて曰く、「存亡禍福は、皆己のみ。天災地妖は、加うる能わざるなり。」公曰く、「善いかな。吾子の言、豈に其の事有るか。」孔子曰く、「昔者殷王帝辛の世、雀の大鳥を城隅に生む有り。之を占いて曰く、『凡そ小を以て大を生ずれば、則ち国家必ず王として名必ず昌んならん』と。是に於て帝辛雀の徳を介として、国政を修めず、亢暴極まり無く、朝臣救うこと莫く、外寇乃ち至りて、殷国以て亡ぶ。此れ即ち己を以て天時に逆らい、福を詭りて反りて禍と為す者なり。又其の先世殷王太戊の時、道缺け法圮れ、以て夭櫱・桑穀朝に致し、七日にして大いに拱す。之を占う者曰く、『桑穀は野木にして朝に合生せず、意者国亡びんか』と。太戊恐駭し、身を側めて行を修め、先王の政を思い、養民の道を明らかにす。三年の後、遠方義を慕いて重訳して至る者、十有六国。此れ即ち己を以て天時に逆らい、禍を得て福と為す者なり。故に天災地妖は、人主を儆む所以の者なり。寤夢征怪は、人臣を儆む所以の者なり。災妖は善政に勝たず、寤夢は善行に勝たず。能く此を知る者は、至治の極なり。唯だ明王のみ此に達す。」公曰く、「寡人鄙固此くの如きに、亦た君子の教を聞くを得ざりしなり。」
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史記 西南夷列伝楚の先豈に天禄有らんや。周に在りては文王の師為り、楚に封ぜらる。周の衰ふるに及び、地は五千里と称す。秦諸侯を滅ぼすも、唯だ楚の苗裔のみ尚ほ滇王有り。漢西南夷を誅し、国多く滅ぶ、唯だ滇のみ復た寵王と為る。然れども南夷の端は、枸醤を番禺に見、大夏の杖・
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尚書・康誥惟れ命は常には于いてせず。
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論語・堯曰篇堯曰く、「咨、爾舜、天の暦数爾の躬に在り。允に其の中を執れ。四海困窮せば、天禄永く終わらん。」舜も亦た以て禹に命ず。曰く、「予小子履、敢えて玄牡を用い、敢えて昭らかに皇皇たる后帝に告ぐ。罪有るは敢えて赦さず。帝の臣は蔽わず、簡ぶこと帝の心に在り。朕が躬罪有らば、万方を以てすること無かれ。万方罪有らば、罪は朕が躬に在り。」「周に大賚有り、善人是れ富む。」「周親有りと雖も、仁人に如かず。百姓過ち有らば、予一人に在り。」権量を謹み、法度を審らかにし、廃官を脩むれば、四方の政行われん。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民心を帰せん。重んずる所は、民・食・喪・祭。寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任じ、敏なれば則ち功有り、公なれば則ち説ぶ。
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