初学訓 / 巻之三
不幸なりとて、みだりに憂へなげき、或は、富貴財祿を貪りて、へつらひ求むるは、愚なりといふべし。富貴貧賤、吉凶、禍福、皆生れつきたる天命なれば、天命に任せて、むさぼり求むべからず、又、うれふべからず。天命を安んぜざるは愚なり。
新字:不幸なりとて、みだりに憂へなげき、或は、富貴財禄を貪りて、へつらひ求むるは、愚なりといふべし。富貴貧賤、吉凶、禍福、皆生れつきたる天命なれば、天命に任せて、むさぼり求むべからず、又、うれふべからず。天命を安んぜざるは愚なり。
書き下し
不幸なりとて、みだりに憂へなげき、或は、富貴財禄を貪りて、へつらひ求むるは、愚なりといふべし。富貴貧賤、吉凶、禍福、皆生れつきたる天命なれば、天命に任せて、むさぼり求むべからず、又、うれふべからず。天命を安んぜざるは愚なり。
現代語訳
不幸だからといって、むやみに憂え嘆き、あるいは富貴や財禄を貪ってへつらい求めるのは、愚かというべきです。富貴・貧賤・吉凶・禍福は、みな生まれつきの天命なので、天命に任せて、貪り求めてはならず、また憂えてはいけません。天命に安んじないのは愚かです。
解説
前の条を受けて、天命に安んじることを説く短い条です。不幸を嘆き悲しむことも、富を求めてへつらうことも、どちらも天命を受け入れられない心から出ていると益軒は見ます。論語でも孔子は「命を知らざれば、以て君子為ること無し」と語りました。自分ではどうにもならないことを受け入れれば、人をうらやむ心や焦る心が静まります。そのうえで、自分にできることに力を注げばよいのです。心の平安を保つための、古くからの知恵といえます。
この章句が説くこと
天命安心貪り憂い論語
関連する章句
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『慎思録』巻之二天地造化の道、陰陽変化の理に常有り。是を以て進退消長存亡の数に限り有り。人物の其の間に生ずるや、其の定数を逃るること能はず。是を以て盛んなる者は衰へざること能はず、生ずる者は死せざること能はず。此れ天地の常理なり。君子は其の常理に安んず。故に傾覆流離すと雖も憂苦せず。衰老に至ると雖も嗟嘆せず。死亡に臨むと雖も悲哀せず。夫の天命を楽しみて疑はざる者なり。
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『無門関』第四十一則 達磨安心達磨面壁す。二祖雪に立ち臂を斷ちて云く、「弟子心未だ安からず。乞ふ師心を安んぜよ」。磨云く、「心を將(も)ち來れ。汝が與に安んぜん」。祖云く、「心を覓(もと)むるに了(つひ)に不可得なり」。磨云く、「汝が與に心を安んじ竟(をは)れり」。
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『酔古堂剣掃』集醒・身に樂有るは心に憂無きに若かず前に譽有るは、後に毀無きに若かず。身に樂有るは、心に憂無きに若かず。
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孟子・梁惠王章句下魯の平公將に出でんとす。嬖人臧倉なる者請うて曰く、「他日、君出づれば、則ち必ず有司に之く所を命ず。今、輿に乘り已に駕す。有司未だ之く所を知らず。敢て請う。」公曰く、「將に孟子を見んとす。」曰く、「何ぞや。君の為す所、身を輕んじて以て匹夫に先だつとは。以て賢と為すか。禮義は賢者由り出づ。而るに孟子の後喪は前喪に踰えたり。君、見る無かれ。」公曰く、「諾。」樂正子、入り見えて曰く、「君、奚為れぞ孟軻を見ざるや。」曰く、「或ひと寡人に告げて曰く、『孟子の後喪は前喪を踰えたり。』是を以て往きて見ざるなり。」曰く、「何ぞや。君の所謂踰ゆとは。前には士を以てし、後には大夫を以てし、前には三鼎を以てし、後には五鼎を以てしたるか。」曰く、「否。棺槨衣衾の美を謂うなり。」曰く、「所謂踰ゆるには非ざるなり。貧富同じからざればなり。」樂正子、孟子に見えて曰く、「克、君に告ぐ。君、來たり見んと為す。嬖人に臧倉なる者有り、君を沮む。君是を以て來たることを果たさざるなり。」曰く、「行くも之を使しむる或り、止まるも之を尼むる或り。行止は人の能くする所に非ざるなり。吾の魯侯に遇わざるは、天なり。臧氏の子、焉ぞ能く予をして遇わしめざらんや。」
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