導師導古典を学びたいすべての人に

徂徠先生答問書 / 卷下

其人智人力のとゞき不申場にいたり候ては、君子は天命を知りて心をうごかさず、我なすべき道を勤候故、をのづから天地鬼神のたすけを得候に、をろかなる人はわが智に見え不申候故、疑ひ生じ心を專らにしてはげみ候事なく、つとむる力よはり候故、其事破れ候て成就いたし不申候。たとへば船頭の舟に乘候に、船の上のわざは其道筋御座候て隨分に智力を盡し候得ども、大洋に押出し、風波に逢候ては、智力も盡果、只佛神の力を賴候より外他事無之候。されども佛神の力を賴み候計にて、櫓械をもすて船底にひれふし居候計にては、生路を得べき樣無御座候。佛神の力を賴み候上に、猶々己がつとむるわざを勵候故、十死一生の難を凌ぎて生路を得候事に候。

新字:其人智人力のとゞき不申場にいたり候ては、君子は天命を知りて心をうごかさず、我なすべき道を勤候故、をのづから天地鬼神のたすけを得候に、をろかなる人はわが智に見え不申候故、疑ひ生じ心を専らにしてはげみ候事なく、つとむる力よはり候故、其事破れ候て成就いたし不申候。たとへば船頭の舟に乗候に、船の上のわざは其道筋御座候て随分に智力を尽し候得ども、大洋に押出し、風波に逢候ては、智力も尽果、只仏神の力を頼候より外他事無之候。されども仏神の力を頼み候計にて、櫓械をもすて船底にひれふし居候計にては、生路を得べき様無御座候。仏神の力を頼み候上に、猶々己がつとむるわざを励候故、十死一生の難を凌ぎて生路を得候事に候。

書き下し

其人智人力のとゞき不申場にいたり候ては、君子は天命を知りて心をうごかさず、我なすべき道を勤候故、をのづから天地鬼神のたすけを得候に、をろかなる人はわが智に見え不申候故、疑ひ生じ心を専らにしてはげみ候事なく、つとむる力よはり候故、其事破れ候て成就いたし不申候。たとへば船頭の舟に乗候に、船の上のわざは其道筋御座候て随分に智力を尽し候得ども、大洋に押出し、風波に逢候ては、智力も尽果、只仏神の力を頼候より外他事無之候。されども仏神の力を頼み候計にて、櫓械をもすて船底にひれふし居候計にては、生路を得べき様無御座候。仏神の力を頼み候上に、猶々己がつとむるわざを励候故、十死一生の難を凌ぎて生路を得候事に候。

現代語訳

人の知恵と力の届かない場に至ったとき、君子は天命を知って心を動かさず、自分のなすべき道を勤めるので、おのずと天地鬼神の助けを得ます。ところが愚かな人は、自分の知恵では先が見えないので疑いが生じ、心を一つにして励むことがなく、勤める力が弱まるので、その事は破れて成就しません。たとえば船頭が舟に乗る場合、船の上のわざにはそれぞれの筋道があって十分に知恵と力を尽くしますが、大洋に押し出して風波に遭えば、知恵も力も尽き果てて、ただ仏神の力を頼むほかはありません。けれども仏神の力を頼むばかりで、櫓や櫂も捨てて船底にひれ伏しているだけでは、生き延びる道を得られるはずがありません。仏神の力を頼んだうえに、なおいっそう自分の勤めるわざに励むからこそ、十死に一生の難をしのいで生きる道を得るのです。

解説

人の力の及ばない局面で、君子と愚者はどう違うか。君子は天命に任せて心を乱さず、自分の務めを果たし続けるから天の助けを得る。愚者は先が見えないと疑い、力が抜けて失敗する。徂徠はこれを嵐の中の船頭にたとえ、神仏に祈りながらも櫓を手放さない者だけが生き残ると説く。天命を知ることを諦めではなく、心を定めて力を尽くす根拠とする点に、徂徠の天命論の特色がある。不況や災害など、組織が制御できない事態に向き合うリーダーへの、まっすぐな教えである。

この章句が説くこと

天命船頭努力危機不安君子

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る