肝要工夫録 / 天命の則
天命といふは、理の體を以て云はば、天の命ずるところ、人物夫〻の則あることをいふなり。春になれば暖かに、夏くれば暑く、秋は涼しく、冬は寒くなるの類なり。則とは、その物その事につひて、必ずその道理のあることをいふなり。人と生れては、五常の德ある筈にて、親は子を愛すべき筈、子は親に孝を爲すべき筈、臣は君に忠を盡すべき筈、君は禮を以て臣を使ふ筈、犬は門を守る筈、鷄は時を告ぐる筈、何にても物があれば、筈といふ事あり、其筈といふ所を則と云ふて、自然と天の然らしむる處にて、是を天の命といふ。又用を以て命をいはば、善人には天より福を降し、惡人には禍を降す事にて、古語にも命を造す者は天なり、命を立つる者は我なりといひ、又富貴は天の與ふる所ならず、人の勤め行ふところなり、勤め行ふの後、天の與あるべしとなり。
新字:天命といふは、理の体を以て云はば、天の命ずるところ、人物夫〻の則あることをいふなり。春になれば暖かに、夏くれば暑く、秋は涼しく、冬は寒くなるの類なり。則とは、その物その事につひて、必ずその道理のあることをいふなり。人と生れては、五常の徳ある筈にて、親は子を愛すべき筈、子は親に孝を為すべき筈、臣は君に忠を尽すべき筈、君は礼を以て臣を使ふ筈、犬は門を守る筈、鶏は時を告ぐる筈、何にても物があれば、筈といふ事あり、其筈といふ所を則と云ふて、自然と天の然らしむる処にて、是を天の命といふ。又用を以て命をいはば、善人には天より福を降し、悪人には禍を降す事にて、古語にも命を造す者は天なり、命を立つる者は我なりといひ、又富貴は天の与ふる所ならず、人の勤め行ふところなり、勤め行ふの後、天の与あるべしとなり。
書き下し
天命といふは、理の體を以て云はば、天の命ずるところ、人物夫〻の則あることをいふなり。春になれば暖かに、夏くれば暑く、秋は涼しく、冬は寒くなるの類なり。則とは、その物その事につひて、必ずその道理のあることをいふなり。人と生れては、五常の德ある筈にて、親は子を愛すべき筈、子は親に孝を爲すべき筈、臣は君に忠を盡すべき筈、君は禮を以て臣を使ふ筈、犬は門を守る筈、鷄は時を告ぐる筈、何にても物があれば、筈といふ事あり、其筈といふ所を則と云ふて、自然と天の然らしむる處にて、是を天の命といふ。又用を以て命をいはば、善人には天より福を降し、惡人には禍を降す事にて、古語にも命を造す者は天なり、命を立つる者は我なりといひ、又富貴は天の與ふる所ならず、人の勤め行ふところなり、勤め行ふの後、天の與あるべしとなり。
現代語訳
天命とは、理の本体からいえば、天が命じるところ、人や物それぞれに則があることをいいます。春になれば暖かく、夏が来れば暑く、秋は涼しく、冬は寒くなる、といった類です。則とは、その物その事について、必ずその道理があることをいいます。人と生まれては五常の徳があるはずで、親は子を愛するはず、子は親に孝を尽くすはず、臣は君に忠を尽くすはず、君は礼をもって臣を使うはず、犬は門を守るはず、鶏は時を告げるはず、何であれ物があれば、そうあるはずということがあります。その「はず」という所を則といい、自然と天がそうさせる所で、これを天の命といいます。また、働きから命をいえば、善人には天から福を降し、悪人には禍を降すことで、古語にも「命を造るのは天であり、命を立てるのは我である」といい、また「富貴は天が与えるところではなく、人が勤め行うところである。勤め行った後に、天の与えがある」ともいいます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『徂徠先生答問書』卷下其人智人力のとゞき不申場にいたり候ては、君子は天命を知りて心をうごかさず、我なすべき道を勤候故、をのづから天地鬼神のたすけを得候に、をろかなる人はわが智に見え不申候故、疑ひ生じ心を専らにしてはげみ候事なく、つとむる力よはり候故、其事破れ候て成就いたし不申候。たとへば船頭の舟に乗候に、船の上のわざは其道筋御座候て随分に智力を尽し候得ども、大洋に押出し、風波に逢候ては、智力も尽果、只仏神の力を頼候より外他事無之候。されども仏神の力を頼み候計にて、櫓械をもすて船底にひれふし居候計にては、生路を得べき様無御座候。仏神の力を頼み候上に、猶々己がつとむるわざを励候故、十死一生の難を凌ぎて生路を得候事に候。
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『呻吟語』内篇・修身・我主張して天に由らず富貴福澤を得んと要するは、天主張して、我に由るを得ず。賢人君子と做らんと要するは、我主張して、天に由るを得ず。
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『初学訓』巻之三一人力を以て天命を得る道あり。士は、君に仕へてよく勤むれば、君の寵を得て、禄あつし。農は、田をつとめてよく作れば、秋のなりはひ多し。工商は、其家業をよくつとむれば富む。およそ、四民ともに、よくつとむれば家富む。古語にも、人生はつとめにあり、つとむれば乏しからず、といへり。又倹約を行ひて、濫りに財を費さざれば、よく家をたもちて貧しからず。又養生をよくつつしめば、命ながし。是皆、人力を以て天命を得る理あり。
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『論語と算盤』成敗と運命・成敗は身に残る糟粕とにかく人は誠実に努力黽勉して、自ら運命を開拓するがよい。もしそれで失敗したら、自己の智力が及ばぬためと諦め、また成功したら智恵が活用されたとして、成敗にかかわらず天命に托するがよい。かくて敗れてもあくまで勉強するならば、いつかは再び好運に際会する時が来る。人生の行路は様々で、時に善人が悪人に負けたごとく見えることもあるが、長い間の善悪の差別は確然とつくものである。ゆえに成敗に関する是非善悪を論ずるよりも、まず誠実に努力すれば、公平無私なる天は、必ずその人に福し運命を開拓するように仕向けてくれるのである。
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尚書・康誥惟れ命は常には于いてせず。
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段答ふ、其の一家一門の議は、皆々法を知らざるゆへなり。道有りて聚むる金銀は天命なり。天の賜ふ財を舎てず、天の命にそむかず、約を以て礼の本を守れり。又道を行ふ者は、他のそしりは、有るならひなり。孟子曰く、傷むこと無し、士は茲の多口に憎まる。詩に云ふ、憂心悄悄たり、群小に慍まると。孔子なりと。聖人の行ひは、小人の行ひに違へる故、衆の口の為に、孔子も譏りに逢ひ玉へり。又美食を好まざるは、身の分限なり。二汁五菜七菜などと云ふ重き料理は、下々のことにあらず。御上より品を分けて見ば、汝の親方の料理は、今少し奢にても有るべし。それを一門衆は、箸を取り初むる計りとは、分を知らざる奢る者なり。先づ飢饉年には、飯米の調へ代を借り、汝の親方の恵みにより飢ゑに及ばず、それを忘れ、身の分を知らず、

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