徂徠先生答問書 / 卷下
又戰場に赴き候はんに、いかなる名將なり共上手の碁の手の見ゆるやうに明かに見えていたし候事にては曾て無御座候。碁を打候には、碁枰と申物有之、目を十文字にもり、三百六十一目に限りたる死物にて、是を打候石も死物に候。しかも靜に案じ候故、上手は先の手を明かに見ぬき候得共、戰の道はさやうに限りたる碁枰の上にて致し候樣なる事にては無御座、活物の人を大勢あつかひ候事にて、しかも火急なるわざにて候。是によりて、いにしへより兵法には雲氣風角占筮厭勝の道有之候事、是皆衆愚の心を一つにして其わざを勤しむる道古今一轍に候。理學の過はいづれも皆小量に成、蟹の甲に似せて穴をほるごとく、何事をも皆己が身ひとつに思ひ取候故、聖人の道は國天下を治め候道と申事をばいつのまにか忘れはて、偶治國平天下の業を論候にも、只其理を知る心計になり、是を行ふ上には心付不申候。甚敷は人智人力のとゞき不申天命の上も理にて參候事の樣に存候。是よりして聖人の卜筮を御用候事は御合點參不申候。御學問の功積り、次第に大量に御成候はゞ、御疑ひ有間敷候。まづ粗增右之通に御心得可被成候。以上。
新字:又戦場に赴き候はんに、いかなる名将なり共上手の碁の手の見ゆるやうに明かに見えていたし候事にては曽て無御座候。碁を打候には、碁枰と申物有之、目を十文字にもり、三百六十一目に限りたる死物にて、是を打候石も死物に候。しかも静に案じ候故、上手は先の手を明かに見ぬき候得共、戦の道はさやうに限りたる碁枰の上にて致し候様なる事にては無御座、活物の人を大勢あつかひ候事にて、しかも火急なるわざにて候。是によりて、いにしへより兵法には雲気風角占筮厭勝の道有之候事、是皆衆愚の心を一つにして其わざを勤しむる道古今一轍に候。理学の過はいづれも皆小量に成、蟹の甲に似せて穴をほるごとく、何事をも皆己が身ひとつに思ひ取候故、聖人の道は国天下を治め候道と申事をばいつのまにか忘れはて、偶治国平天下の業を論候にも、只其理を知る心計になり、是を行ふ上には心付不申候。甚敷は人智人力のとゞき不申天命の上も理にて参候事の様に存候。是よりして聖人の卜筮を御用候事は御合点参不申候。御学問の功積り、次第に大量に御成候はゞ、御疑ひ有間敷候。まづ粗增右之通に御心得可被成候。以上。
書き下し
又戦場に赴き候はんに、いかなる名将なり共上手の碁の手の見ゆるやうに明かに見えていたし候事にては曽て無御座候。碁を打候には、碁枰と申物有之、目を十文字にもり、三百六十一目に限りたる死物にて、是を打候石も死物に候。しかも静に案じ候故、上手は先の手を明かに見ぬき候得共、戦の道はさやうに限りたる碁枰の上にて致し候様なる事にては無御座、活物の人を大勢あつかひ候事にて、しかも火急なるわざにて候。是によりて、いにしへより兵法には雲気風角占筮厭勝の道有之候事、是皆衆愚の心を一つにして其わざを勤しむる道古今一轍に候。理学の過はいづれも皆小量に成、蟹の甲に似せて穴をほるごとく、何事をも皆己が身ひとつに思ひ取候故、聖人の道は国天下を治め候道と申事をばいつのまにか忘れはて、偶治国平天下の業を論候にも、只其理を知る心計になり、是を行ふ上には心付不申候。甚敷は人智人力のとゞき不申天命の上も理にて参候事の様に存候。是よりして聖人の卜筮を御用候事は御合点参不申候。御学問の功積り、次第に大量に御成候はゞ、御疑ひ有間敷候。まづ粗增右之通に御心得可被成候。以上。
現代語訳
また戦場に赴く場合も、どんな名将であっても、碁の上手が先の手を見通すように明らかに見えて戦うということは決してありません。碁を打つには碁盤というものがあり、目を十文字に盛って三百六十一目に限られた死物で、それを打つ石も死物です。しかも静かに考えるので、上手は先の手を明らかに見抜きます。しかし戦の道はそのような限られた碁盤の上で行うようなものではなく、生き物である人を大勢扱うことで、しかも差し迫ったわざです。このため、昔から兵法には雲気・風角・占筮・厭勝(雲や風の観測、占い、まじない)の道があるのです。これはみな多くの愚かな者の心を一つにして、そのわざに励ませる道で、古今を通じて同じです。理学の過ちは、どれもみな度量が小さくなり、蟹が甲羅に似せて穴を掘るように、何事もみな自分の身一つの上に引き寄せて考えるので、聖人の道は国天下を治める道だということをいつのまにか忘れ果て、たまたま治国平天下の業を論じても、ただその理を知る心ばかりになって、これを行うことには気づきません。ひどい場合には、人の知恵や力の届かない天命のことまで理で解けるかのように思います。こうしたことから、聖人が卜筮をお用いになったことに合点がいかないのです。ご学問の功が積もって、次第に度量が大きくなられれば、お疑いはなくなるでしょう。まずはおおよそ右の通りにお心得ください。以上。
解説
この章句が説くこと
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