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徂徠先生答問書 / 卷下

一占と申事聖人の書にも有之候得共御信用被成がたく候由被仰下候。是は理學の習弊にて小量に御入候故にて御座候。何事も理窟にて濟候事と思召候故、占は不入事に被成候。まづ卜筮は稽疑の道の由相見え候。稽疑とはうたがひをさだむると申事にて御座候。今時世間にて女子わらはべの好見候占は、只行先の吉凶仕合せ不仕合を知り可申爲にて、たとひ明日死候事を今日慥に存知候共何の益も無之事に候。古の卜筮は左にては無御座候。たとへば岐路御座候半に、左へ往て吉候半哉、右へ往て能く候半哉と申事、道理見え不申了簡つき不申候時に、卜筮を以て鬼神に問ひ候事に候。是によりて何事もなき時に先達て今年の吉凶を知ると申樣なる事は曾て無之事に候。是を稽疑と申候。

新字:一占と申事聖人の書にも有之候得共御信用被成がたく候由被仰下候。是は理学の習弊にて小量に御入候故にて御座候。何事も理窟にて済候事と思召候故、占は不入事に被成候。まづ卜筮は稽疑の道の由相見え候。稽疑とはうたがひをさだむると申事にて御座候。今時世間にて女子わらはべの好見候占は、只行先の吉凶仕合せ不仕合を知り可申為にて、たとひ明日死候事を今日慥に存知候共何の益も無之事に候。古の卜筮は左にては無御座候。たとへば岐路御座候半に、左へ往て吉候半哉、右へ往て能く候半哉と申事、道理見え不申了簡つき不申候時に、卜筮を以て鬼神に問ひ候事に候。是によりて何事もなき時に先達て今年の吉凶を知ると申様なる事は曽て無之事に候。是を稽疑と申候。

書き下し

一占と申事聖人の書にも有之候得共御信用被成がたく候由被仰下候。是は理学の習弊にて小量に御入候故にて御座候。何事も理窟にて済候事と思召候故、占は不入事に被成候。まづ卜筮は稽疑の道の由相見え候。稽疑とはうたがひをさだむると申事にて御座候。今時世間にて女子わらはべの好見候占は、只行先の吉凶仕合せ不仕合を知り可申為にて、たとひ明日死候事を今日慥に存知候共何の益も無之事に候。古の卜筮は左にては無御座候。たとへば岐路御座候半に、左へ往て吉候半哉、右へ往て能く候半哉と申事、道理見え不申了簡つき不申候時に、卜筮を以て鬼神に問ひ候事に候。是によりて何事もなき時に先達て今年の吉凶を知ると申様なる事は曽て無之事に候。是を稽疑と申候。

現代語訳

一、占いということは聖人の書にもあるけれども、ご信用なさりがたいとのこと。これは理学の習いの弊で、度量が小さくなっておられるためです。何事も理屈で済むことと思っておられるので、占いは要らないものとされるのです。まず卜筮(亀卜と筮竹の占い)は「稽疑」の道であるとされています。稽疑とは疑いを定めるということです。今どき世間で女子供が好んで見る占いは、ただ行く先の吉凶や幸不幸を知るためのもので、たとえ明日死ぬことを今日確かに知ったとしても何の益もありません。昔の卜筮はそうではありません。たとえば分かれ道があったとして、左へ行けば吉だろうか、右へ行けばよいだろうかということが、道理でも見えず判断もつかないときに、卜筮によって鬼神に問うたのです。だから何事もないときに前もって今年の吉凶を知るというようなことは、決してありませんでした。これを稽疑というのです。

解説

占いを信じられないという問いに、徂徠は、それは理学に慣れて度量が小さくなったせいだと切り返す。古代の卜筮は未来の吉凶を当てる遊びではなく、道理を尽くしても判断がつかない分かれ道で迷いを定める「稽疑」の道だったという。『書経』洪範篇の言葉を踏まえた理解である。経営でも、情報を集め議論を尽くしてなお五分五分の決断は必ず来る。そのとき迷い続けるより、何かの形で腹を決めて全員で進むことの意味を、この条は考えさせる。

この章句が説くこと

卜筮稽疑占い決断理学天命

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