孟子 / 梁惠王章句下
魯平公將出。嬖人臧倉者請曰、他日君出、則必命有司所之。今乘輿已駕矣。有司未知所之。敢請。公曰、將見孟子。曰、何哉。君所為輕身以先於匹夫者、以為賢乎。禮義由賢者出。而孟子之後喪踰前喪。君無見焉。公曰、諾。樂正子入見、曰、君奚為不見孟軻也。曰、或告寡人曰、孟子之後喪踰前喪。是以不往見也。曰、何哉。君所謂踰者。前以士、後以大夫、前以三鼎、而後以五鼎與。曰、否。謂棺槨衣衾之美也。曰、非所謂踰也。貧富不同也。樂正子見孟子、曰、克告於君。君為來見也。嬖人有臧倉者沮君。君是以不果來也。曰、行或使之、止或尼之。行止非人所能也。吾之不遇魯侯、天也。臧氏之子焉能使予不遇哉。
新字:魯平公将出。嬖人臧倉者請曰、他日君出、則必命有司所之。今乗輿已駕矣。有司未知所之。敢請。公曰、将見孟子。曰、何哉。君所為輕身以先於匹夫者、以為賢乎。礼義由賢者出。而孟子之後喪踰前喪。君無見焉。公曰、諾。楽正子入見、曰、君奚為不見孟軻也。曰、或告寡人曰、孟子之後喪踰前喪。是以不往見也。曰、何哉。君所謂踰者。前以士、後以大夫、前以三鼎、而後以五鼎与。曰、否。謂棺槨衣衾之美也。曰、非所謂踰也。貧富不同也。楽正子見孟子、曰、克告於君。君為来見也。嬖人有臧倉者沮君。君是以不果来也。曰、行或使之、止或尼之。行止非人所能也。吾之不遇魯侯、天也。臧氏之子焉能使予不遇哉。
書き下し
魯の平公將に出でんとす。嬖人臧倉なる者請うて曰く、「他日、君出づれば、則ち必ず有司に之く所を命ず。今、輿に乘り已に駕す。有司未だ之く所を知らず。敢て請う。」公曰く、「將に孟子を見んとす。」曰く、「何ぞや。君の為す所、身を輕んじて以て匹夫に先だつとは。以て賢と為すか。禮義は賢者由り出づ。而るに孟子の後喪は前喪に踰えたり。君、見る無かれ。」公曰く、「諾。」樂正子、入り見えて曰く、「君、奚為れぞ孟軻を見ざるや。」曰く、「或ひと寡人に告げて曰く、『孟子の後喪は前喪を踰えたり。』是を以て往きて見ざるなり。」曰く、「何ぞや。君の所謂踰ゆとは。前には士を以てし、後には大夫を以てし、前には三鼎を以てし、後には五鼎を以てしたるか。」曰く、「否。棺槨衣衾の美を謂うなり。」曰く、「所謂踰ゆるには非ざるなり。貧富同じからざればなり。」樂正子、孟子に見えて曰く、「克、君に告ぐ。君、來たり見んと為す。嬖人に臧倉なる者有り、君を沮む。君是を以て來たることを果たさざるなり。」曰く、「行くも之を使しむる或り、止まるも之を尼むる或り。行止は人の能くする所に非ざるなり。吾の魯侯に遇わざるは、天なり。臧氏の子、焉ぞ能く予をして遇わしめざらんや。」
現代語訳
魯の平侯が出かけようとした。お気に入りの近臣の臧倉という者が、公に尋ねた。 「これまで殿さまはお出かけになる時は必ず係りの役人に行く所をお告げになりました。ところが今、お車に乗られ、馬も繋がれて出発の準備が整っていますのに、係りの役人は未だどこへ行くのか伺っておりません。是非お聞かせくださいませ。」 平侯は言った、 「孟子に会いに行こうと思う。」 「何ということでございますか。貴い身分でありながら軽々しく一平民にこちらから先にお訪ねになるのは、相手が賢者だと思し召すからでございますか。しかし賢者というのは行いが全て礼儀に適っているものでございますが、孟子の母の葬儀は、以前の父の葬儀よりも立派にするという礼儀に外れたものでございました。とても賢者とは言えませんので、殿様、どうかお会いになるのはお辞めください。」 平侯は言った、 「分かった。」 孟子の弟子で、魯の臣である樂正子が平侯に謁見して言った、 「殿様、どうして孟軻にお会いにならないのでございますか。」 「孟子の母の葬儀を、先に亡くなった父の葬儀よりも立派にするという礼儀知らずの人間だと告げる者がいたので、遇いに行かなかったのだ。」 「殿様の仰せになられる立派とは、どういうことでございますか。前には士の禮を用い、後には大夫の禮を用い、前には供物が三鼎で、後には五鼎であったことをおっしゃておられるのでしょうか。」 「いや、そうではない。棺やそれを入れた外棺、衣類や夜着が父の時以上に立派にしたと言うことだ。」 「それは世に謂う踰えたとは申しません。今と当時とでは貧富の程度が違うのですから。」 樂正子は孟子に会って言った、 「私は、殿さまに先生の事を申し上げ、殿様もお会いになろうとされたのです。ところがお気に入りの近臣の臧倉と言う者が、殿様を止めたのです。その為に殿さまは先生にお会いするのをお止めになられました。」 「人が行くときは、そうさせるものがあり、止まるときも止めさせるものが有る。行くも止まるも人の力で勝手にできるものではない。私が魯侯にお会いできなかったのは、天命なのだ。臧氏の小人ごときが、どうして私が魯侯にお会いするのを妨げることが出来ようか。」