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徂徠先生答問書 / 卷中

惣じて諫に限らずわれを信仰せざる人に向ひて道理を說候事何の益も無之事に候。今世に君を諫め人に異見を申候は、大形は傍人を聞手に立候心多く御座候。是は專ら公事人の心に候へば、爭の眞中に候故に、諫は大形は君の惡を激する事に罷成り、身も死し諫も行はれず、只諫臣といふ名を取り候事に止り候。然れば忠臣にてはなくて名聞の甚敷にて候。先如此心得可申事に候。然共其職分にはまりて我身の事のごとくに存候人は、時にとりては申さで叶はぬ事ある物に候。それは其時の事に候。已上。

新字:惣じて諫に限らずわれを信仰せざる人に向ひて道理を説候事何の益も無之事に候。今世に君を諫め人に異見を申候は、大形は傍人を聞手に立候心多く御座候。是は専ら公事人の心に候へば、争の真中に候故に、諫は大形は君の悪を激する事に罷成り、身も死し諫も行はれず、只諫臣といふ名を取り候事に止り候。然れば忠臣にてはなくて名聞の甚敷にて候。先如此心得可申事に候。然共其職分にはまりて我身の事のごとくに存候人は、時にとりては申さで叶はぬ事ある物に候。それは其時の事に候。已上。

書き下し

惣じて諫に限らずわれを信仰せざる人に向ひて道理を説候事何の益も無之事に候。今世に君を諫め人に異見を申候は、大形は傍人を聞手に立候心多く御座候。是は専ら公事人の心に候へば、争の真中に候故に、諫は大形は君の悪を激する事に罷成り、身も死し諫も行はれず、只諫臣といふ名を取り候事に止り候。然れば忠臣にてはなくて名聞の甚敷にて候。先如此心得可申事に候。然共其職分にはまりて我身の事のごとくに存候人は、時にとりては申さで叶はぬ事ある物に候。それは其時の事に候。已上。

現代語訳

総じて、諫めに限らず、自分を信頼していない人に向かって道理を説くことは、何の益もないことです。今の世に君を諫め、人に意見を申すのは、おおかたは傍らの人を聞き手に立てる心が多くございます。これはもっぱら訴訟人の心ですから、争いのただ中であり、それゆえ諫めはおおかたは君の悪を激しくすることになり、身も死に、諫めも行われず、ただ諫臣という名を取るだけにとどまります。そうであれば、忠臣ではなく、名聞(名声欲)のはなはだしいものです。まずこのように心得るべきです。しかしながら、その職分にはまって我が身の事のように思っている人には、時によっては申さずにはいられないこともあるものです。それはその時の事です。以上。

解説

信頼のない相手に道理を説いても益はない。今の諫めの多くは、周りの人を聞き手に立てて自分の正しさを示す訴訟人の心であり、主君の悪をかえって激しくし、身は滅び諫めは通らず、諫臣という名だけが残る。それは忠臣ではなく名声欲だと徂徠は手厳しい。ただし職分を我が事として担う人には、言わずにいられない時もあり、それはその時の判断だと留保する。会議の場で正論を述べるとき、それが相手を動かすためか、自分を周囲に見せるためかを問う言葉である。

この章句が説くこと

諫言忠名聞信頼職分君臣

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